2013/12/30  15:59 | 投稿者: 時鳥

鈍い灰色の紙は、全体が小さなくぼみで覆われている。
極太の毛糸針の先で突いたような、小さな丸いくぼみである。完全な丸ではなく、ややいびつで、大きさも同一ではない。しかし、並び方は規則正しく、じっと見ていると、丸の大小にも何か意味があるように思えてくる。

意味は光にかざした瞬間、わかる。
蓮華文のような美しい幾何学模様が無数に浮かび上がる。
しずく型の8つの欠片が先端を中央に向けて集まり、その周囲を細かな点が縁取って、菱形のパターンを作る。菱形が集まって、より大きな菱形を作る。
8つの花弁を持つ花は、見方によって縦横に並んでいるようにも、斜めに並んでいるようにも見える。視線はいずれの方向にも滑らかに動く。
いくつかの花をまとめてひとつの模様とみなせば、その模様は花火のようにもステンドグラスのようにも見える。
元々が地味な紙だけに、この一瞬の変化には幾度もはっとさせられる。

浮かび上がる模様を知った上で見つめても、普通に光を受けている分には模様は見えない。くぼみが、モールス信号のように淡々と並んでいるのが見えるだけである。斜めのラインが見えはするが、それだけである。
退屈な紙がひとひねりした途端、凄い紙に変わる。
江戸小紋は、異様に細かい模様を入れて、遠目には無地に見せる。
鼠色や茶色の微妙な違いを呼び分けて、「四十八茶百鼠」と言われる流行色を作る。
それらの美意識に通じる、渋く通好みな感じのする紙である。

タントセレクトシリーズ
種類:TS-7 色:S-3
特種東海製紙

小特集:タントセレクト
2

2013/12/29  22:44 | 投稿者: 時鳥

「10万円のネグリジェが当る
 バラ色の夜が訪れます
 只今抽せん券付発売中」

ファンデーションの広告に、こんなコピーが踊っていた。
昭和30年代のものらしく、1等以下は、1等は2万円、2等は2万円、3等は3千円のネグリジェとなっていた。ネグリジェに多大なるこだわりがあるらしい。

うーん、でも、10万円のネグリジェって嬉しいのかしら。
ローラー式脱水機とかかけられないわよねえ、怖くて。
寝間着を洗濯屋に出すなんて、当時の常識では許されないだろうし、おしゃれ着用洗剤も発達していない頃だし、亭主だって女房がいきなり十万円のネグリジェまとって出てきたら仰天するわよねえ。
どうも、高いネグリジェを景品に出すくらいなら、オーダーメイドで寝間着を作れる権利を景品にしたほうが需要が高いような気がする。

そこまで考えたところで気付いた。
今からでもやればいいのに。
枕や布団に凝る人は多いんだから、寝間着だって実は凝りたい人がいるはずだ。
寝具のセミオーダーは聞いたことがあるけど、寝間着については聞いたことがなく、皆、出来合いの製品でしのいでいる。
でも実際は、生地の材質、厚さ、フィット感、首や手首の空き具合などなど、人によって密かなこだわりがたくさんあって、好みと完璧には合致していないものを着て眠っている人が多い。
セミオーダーでいいから、好きな寝間着を作れたら嬉しいんじゃないだろうか。
父の日のプレゼントにもぴったりだ。

いつも奥さんの選んだグレーや焦げ茶の寝間着を着ているお父さんが、アロハやキャラクター物の寝間着を選ぶかもしれない。
昼間は着られないパフスリーブも、寝間着なら許される。肩がゆったりしているのがいい人には、男女を問わずお奨めだ。
意外な好みやニーズがわかって、普段、夫の寝間着選びに悩んでいる奥様方も助かると思う。
1

2013/12/28  13:48 | 投稿者: 時鳥

サントリー美術館で来月から開かれる伊万里の展覧会の名称が、
あるサイトではこんなのになっていた。

「IMARI/伊万里 ヨーロッパの宮殿を飾った日本磁気」

目にした瞬間、思わず叫んだ。
「こっちだったら行くのに!!」
どこかやってくれないだろうか。
エレキバンと使い捨てカイロの海外進出について。
2

2013/12/27  22:53 | 投稿者: 時鳥

「スマート洗濯バサミ」の実証実験が始まった、というニュースを読んだ。
洗濯バサミに水分センサーとBluetoothモジュールが内蔵されていて、水分量のデータがBluetoothで端末に送信され、端末側のアプリがデータを分析し、現在の乾き具合と予想取込時間を表示するのだそうだ。
記事を読む限りでは、非常に真面目な取り組みなのだけど、
ぱっと聞いた限りでは、非常にイグノーベル賞っぽい取り組みだ。
洗濯バサミをそこまでオオゴトにする必要はあるのか、と思わなくもないが、将来的には、乾いたら自動で取り込む電動物干しとの連携などを考えているそうで、その一歩としての洗濯バサミなのだそうだ。
普通に生活している人間として疑問なんだけど、この洗濯バサミ、洗濯物のどこにつけるんだろう。
今、洗濯バサミが挟んでいる布地が乾いているか否かで取り込み可否を判定するのだから、一番乾きにくいところに付けなければならないのだけど、例えば、ズボンのポケットの内側にいちいち洗濯バサミをつける人はいない。乾きにくいところには洗濯バサミをつけないのが常識だ。
洗濯バサミとしての機能を最大限発揮しつつセンサーの役割も果たすとなると、分析するアプリ側でいろいろ計算して、洗濯バサミが挟んでいない場所の乾き具合を想像しなければならない。
安くて大量にあって、いつでも買い替えが効くのが洗濯バサミの特長だと思うんだけど、その特長はセンサーのそれとはかみ合っていないように思う。
センサーは洗濯物を止める機能から切り離したほうがいいのではないだろうか。
私なら、乾きにくい布の小片を用意して、洗濯をする時にはこの布を一緒に洗うようにして、センサーをこの布の乾きにくいところにつけて干すようにするけど。
テスト用の布だから、実際は乾かなくても構わないし。

http://www.tsh-world.co.jp/ks/product/radio/smart_peg.html
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/news/yajiuma/20131226_629161.html
2

2013/12/26  23:35 | 投稿者: 時鳥

計量用のカップに押し麦をざらざらと注いで、鍋にあけた。
カップが濡れていたらしく、数粒が底に残った。

何かの昔話に似た場面があった。
貧乏な主人公が金貨か金の粒か大判小判かをたくさん手に入れて、計量するための升を金持ちの隣人に借りに行く。
隣人は定番どおりに底意地が悪く、悪知恵が回るので、升に油を塗って渡す。
そして戻ってきた升には金貨か以下略がくっついていて、借主が金目のものを手に入れたことがわかってしまうという仕組みだ。
だが、米や麦なら水でもくっつくが、果たして金貨なんて重いものが油でくっつくものだろうか。
ためしに、小皿にサラダ油を塗って、十円玉を乗せてみたところ、全くくっつかなかった。
あまり精製されていない、不純物の多い油を塗ったのではないかと思われる。
両面テープぐらいの接着力がないと、金貨はくっつかない。

不純物の多い油といえば、シンデレラの王子様も、階段にタールを塗ってシンデレラを足止めしようとしたわけだけど、タールって要は、アスファルトみたいなものだ。
下りの階段にタールを塗るなんて、靴がくっついたらつんのめって転落の恐れがあるし、滑ったらやっぱり転落だ。しかも彼女はヒールの高い靴を履いていて、足元の見えないような長いドレスを着ていて、急いでいるのだ。
今やったら、軽犯罪法違反か何かで警察に捕まるんじゃないだろうか。
駅の下り階段にタールが塗られているところを想像すると、すごく怖いんだけど。
2

2013/12/25  22:02 | 投稿者: 時鳥

このひと月、クリスマスツリーがあちこちにあったのだけど、イルミネーションは普段からあふれかえっているし、クリスマスツリーは毎年同じようにきらきらぴかぴかだしで、いつからクリスマスツリーになったのか境界が定まらぬまま、クリスマスを迎えた。
もう、そこにあるのが去年の延長なのか今年の新作なのかもわからん。

サンタ服を着たコンビニ店員からレシートをもらって、外に出る。
サンタとトナカイって、結局、どういう関係なんだろう。
動物と人間であるために関係が見えにくくなっているような気がするので、トナカイを人間と仮定する。
トナカイは当日のみの実働部隊で、サンタはプロデューサー寄りの立場であることは間違いない。
問題は、サンタがどこまで事前準備に食い込んでいるかだ。
子供や親からのメッセージの受信と分析、プレゼントの決定と手配、当日までの作業スケジュールの立案と現場監督、配送ルートの構築、配送部隊の日々の世話、防寒対策、これらすべてを一人で行うのは無理である。
サンタとは別に、裏方を仕切る人間が絶対にいるはずだ。
そしてそれは、少なくとも私の妄想上では、女性の気配がする。
サンタクロースには実は長年連れ添った奥さんがいて、その人は裏方の作業を一手に引き受けている敏腕プロデューサーで、サンタクロースも頭が上がらない、って、新設定、どうだろう。
3

2013/12/22  23:54 | 投稿者: 時鳥

来年2月から練馬区立美術館で開かれる、「野口哲哉の武者分類図鑑」展の情報を入手する。
シャネルのマークを家紋とした甲冑をまとった武者像だの、兜に付いたプロペラ型の立物で空を飛ぶ武者の絵だのを制作する作家だそうだ。
作品もさることながら、イベントにやる気がありすぎて度肝を抜かれる。

イベント1:ゲスト×アーティストトーク
野口哲哉と3人のゲストによる対談
【1】2/21(金)16時から<ゲスト>山田五郎氏(評論家)
【2】3/8 (土)15時から<ゲスト>山下裕二氏(明治学院大学教授)
【3】3/22(土)15時から<ゲスト>諏訪敦氏(画家)

イベント2:記念コンサート
【日時】3/16(日)15時から16時
【演奏】前田善彦(チェロ)、塚田誠(ピアノ)

イベント3:銀河万丈氏(声優)による読み語り
【読み語り題目】菊地寛「形」ほか
【日時】3/1(土)15時から16時半

イベント4:記念講演会
「合戦場での目立ち方 甲冑と旗と陣羽織について」
【講師】藤本正行(國學院大學兼任講師)
【日時】2/22(土)15時から

ゲストのやる気が満ち満ちていて、報酬度外視で動いている感じがある。
マニア以外の客がどん引きしそうなんだけど、でも、これだけ楽しそうだと、行ってみたくなる。
見たことのない世界があるような気がしてならない。
こんなに熱を込めてるってことは、きっとすごく面白いんだよ。

このちょっと前に、世田谷文学館のクラフト・エヴィング商會展のイベントも見ていたんだけど、練馬の迫力の前に吹っ飛んだ。
そう、欲しいのは予想できないものなのだ。
小川洋子さんや三浦しをんさんがゲストの対談って、ふつうにいいと思うけど、そこに予想外は感じられなくて、いまいちわくわくしない。
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2013/12/20  22:15 | 投稿者: 時鳥

授乳以外のご利用、男性お一人でのご利用はご遠慮ください

授乳室の入り口にこんな張り紙があった。
これ、後半部分必要だろうか。
男性一人という時点で授乳目的じゃないと思うんだけど。
男の乳幼児がひとりで利用することを想定しているわけじゃないだろうし。
乳幼児をカウントしないなら、子連れの男性がこれに該当するんだろうけど、だとしたら、子連れの男性はどこで授乳すればいいのだろう。
授乳中の姿を見知らぬ男性に見せたくないのは、女性なら普通の感覚だけど、授乳用の個室もあることだし、あえて禁止する意味がわからない。
何かこう、クレームがひとつ入りました、だから禁止しましょう、って種類の安直さを感じる。
1

2013/12/19  7:54 | 投稿者: 時鳥

歴史に「もし」は禁物である。
と、言い習わされるってことは、それをやりたがる人がたくさんいるってことである。

最近、朝香宮邸に関する「もし」をひとつ、妄想している。
昭和22年、朝香宮家は皇族身分を離れ、民間人となった。
朝香宮邸は一時、外相官邸となり、紆余曲折を経て東京都庭園美術館になり、現在に至るわけだが、「もし」この建物が民間に払い下げられて、それを近くにある目黒雅叙園が買って、「白金別館」として使ったとしたら、どんなのになっていただろう、というのが、ここ最近、暇なときに考える「もし」だ。
暴挙である。その暴挙をお許しいただける方のみ、この先、読み進めてください。


朝香宮邸はアールデコの館、白い壁をもつ美しい建物で、邸内には美しい装飾がふんだんにちりばめられている。
目黒雅叙園がここを所有した場合、目黒雅叙園本館のこてこて装飾が施される可能性も一応はあるが、まともな美的感覚を持っていれば、こてこてが似合わないことくらい、すぐわかる。目黒雅叙園は何かと過剰だけど、根本的な美的感覚は正しいので、無理に目黒雅叙園っぽくはしないだろう。
建物のイメージを最大限に活用する方向に向かうのではないだろうか。
本館が「昭和の竜宮城」なら、別館は「日本のフランス」で攻めて、日本人のイメージするフランス要素をふんだんに注ぎ込む。
実際のフランスとどれだけかけ離れていても構わない。ここで重要なのはイメージなのだ。当時の日本人が見て、「これぞフランス」と思えればいいのである。

朝香宮邸は1階が大食堂やホールなどのパブリックな空間、2階が各人の私室を擁するプライベートな空間となっている。
1階はそのまま宴会場として、西洋料理のフルコースが出てくる晩餐会や会食に使える。
2階は小部屋がたくさんあるから、個室を貸し出す形式にすれば、見合いにぴったりだと思う。あの建物は階段の段差が低く、大振袖のお嬢さんでも多分動きやすい。
テラスを望む洋室で、かちこちになった若い男女と付添い人がぎこちない時間を過ごす。
窓にはレースのカーテン、壁は真っ白、床にはじゅうたん、暖炉には凝ったレリーフ。
広い庭に囲まれ、俗世間から離れた感じがするところが、また、見合いという非日常に似合っている。
従業員の制服は、女性はフリルのエプロン、男性従業員はタキシードに造花のバラで、妙に少女趣味に、やりすぎに装って欲しい。
60年代のフランス映画に見られる現実的な世界はあまり持ち込まず、あくまで「おフランス」方向で、テーマパークっぽくするのが、ポイント。
・・・いや、あくまで個人的な好み。
3

2013/12/18  21:43 | 投稿者: 時鳥

ストップウォッチの時計機能を使って、卓上時計にしている。
ストップウォッチとして使えばキッチンタイマーの代わりになるし、アラーム機能もあるので目覚まし時計としても使える。
もっとも、目覚まし時計の役目は携帯電話に主に担わせているので、これは補欠。

その卓上時計が、気が付くと4分あまり遅れていた。
朝の4分違いは、非常に大きな問題である。説明書を引っ張り出して、急遽修正する。
携帯電話の時計は、早まることはあっても遅れることはない。
パソコンの時計は、近年はインターネットの時刻サーバを使って自動的にあわせているので正確だが、そうなる前はやはり早まりがちだったように思う。

思うのだが、時計には遅くなってはいけない時計と早くなってはいけない時計とがあるのではないだろうか。
誤差というのは、どうしても発生する。精度が高まって、限りなくゼロに近づいたとしても、ゼロにはならない。
その時、出た誤差を、早まるほうに繰り込むか、遅れるほうに繰り込むかは、その時計の機能によって決まる。
遅くなってはいけない時計なら早まるほうに繰り込んだほうが問題は少ないし、早くなってはいけない時計ならその逆だ。
例えば、電車やバスの発着時間は、早くなってはいけない。時間通りに来た客が取り残されてしまう。
また、目覚まし時計や処理開始のきっかけとなる時計は、遅れてはいけない。間に合わなくなるかもしれない。
ストップウォッチは早くなってはいけない。世界記録が出てしまうかもしれない。慎重を重ねる必要がある。
電子レンジやトースターは、多分、遅くなってはいけない時計だ。足りない分には再加熱すればいいが、過ぎると焦げたり溶けたりする。

時間を計る道具を身の回りから見つけ出して、ひとつひとつについてどちらの種類の時計かを考えてみると、世界がちょっと面白く見えると思う。
2

2013/12/17  21:13 | 投稿者: 時鳥

もうちょっと思いついたので、第2弾。

「あしびきの山鳥の尾のしだり尾の ながながし夜をひとりかもね」
クリスマスを一人で過ごす可能性が濃厚になった人が諦念とともに詠める
※元の歌から末尾1文字を削る

「せわしさに宿を立ち出でてながむれば いづくも同じ暮れの夕方」
師走の歌
※初句と5句を変える

「奥山に紅葉踏み分け鳴く鹿の 声聞く時ぞ秋は愛しき」
猟友会メンバーの詠める
※「かなしき」の漢字表記を「悲」から「愛」に変更。楽しい狩猟シーズン。

「難波潟短き蘆のふしの間も 逢はでこの世を過ぐしてよとや」
スマホ中毒患者の詠める
※変更なし。少しの間も離れられない。

「やすらはで寝なましものをさ夜更けて かたぶくまでの月を見しかな」
眠らない子供を抱える親の詠める
※変更なし。2句までと4句以降で主語が変わる。

「滝の音は絶えて久しくなりぬれど 名こそ流れてなほ聞こえけれ」
不用意な投稿で炎上を起こした人が後日詠める
※変更なし。あるいは、
「アカウントは閉じて久しくなりぬれど 拡散止まずなおリツイート」
とすると、より直接的で分かりやすくはなる。
でもこういうのは、解釈の余地がなくなると浅薄になるものなので、
あまりおすすめは出来ない。

「春杉で 夏木に毛虫、シロヒトリ 衣食う紙魚 雨具にカエル」
花粉と虫に年中悩まされている人の詠める
※全体を変更。音の感触は残しつつ、全く違う方向へ。

また思いついたら第3弾を出すかもしれませんが、あまり期待はなさらないでください。

小特集:百人一首
2

2013/12/17  20:11 | 投稿者: 時鳥

加藤弘之という名の帝大総長がかつていた。
どんな人なのかはまったく知らない。でも、広辞苑に載っていたくらいだから、それなりに有名な人なのだろう。どうやら、自由民権論とキリスト教を攻撃し、枢密顧問官や帝国学士院長、国語調査委員会長なんかを歴任した学者らしい。
しかし、私にとっては、この人の経歴や頭の中はさして重要ではない。
重要なのは、老年に達したこの人が禿頭で、かつ非常に面白い形の頭蓋骨を有していたということにある。

東京駅前のJPタワー内に、インターメディアテクという施設がある。
東京大学総合研究博物館の資料を展示するこの場所は、2つの展示フロアを持っている。
下の階の展示室に入ると、まず目に入るのはミイラの棺である。
このミイラの前で足を止める人は多いが、その斜め後ろにある偉い人の胸像の前で足を止める人は、ほとんどいない。
この胸像こそが、朝倉文夫による加藤宏之の胸像である。
蝶ネクタイをした老人の頭蓋骨は、左右非対称な、言ってしまえば、いびつな形をしている。傷跡があるわけでもないのに、いきなりへこんだり出っ張ったりしているのだ。朝倉文夫がわざわざ変な形をでっち上げる必要はどこにもないので、事実、こういう頭をした人だったのだろう。
この胸像を見るたびに、こんな変な形の頭蓋骨が実在したこと、頭蓋骨の形がわかりやすい禿頭であったこと、そして、その頭を忠実に再現する芸術家がいて、その作品がちゃんと今に伝えられたことに、ひっそりと心打たれる。
どこかからの依頼で作られたのだろうが、作者の朝倉文夫も、もしかしたら楽しかったかもしれない。絵になる、というか、立体作品にし甲斐のある頭蓋骨で、見ていて飽きない。
偉い人の胸像を飾る趣味はないのだけど、もしも私がこれを飾るとしたら、間違いなく後ろ向きに置いて、頭蓋骨の造形の妙が楽しめるようにする。顔立ちよりも後頭部のほうが見ごたえがある人だ。これは。
賛同者は少なそうだけど、個人的には、インターメディアテクの隠れた名品じゃないかと思っている。
2

2013/12/16  22:52 | 投稿者: 時鳥

固体のラムネ、液体のラムネ、あるいは透明な炭酸飲料。
泡を集めて固めたような紙で、端っこをかじったら、口の中でしゅわっと溶けていきそうな気がする。
色は水浅葱。かすかに緑を帯びた水の色。

泡をルーペで拡大して、観察する。
地は半透明の水色で、その上に白濁した樹脂のようなものをくまなく吹きつけているらしい。
半分透き通った紙で、手に取ると、紙の向こうに置いた指がシルエットとなって浮かび上がり、ほんのりとした肌色まで見て取れる。

手触りはぱりぱりとしていて、ラング・ド・シャに少々似ている。
ゴーフルかもしれない。
どうしても食べ物から離れられない。
おままごとに使うなら、丸めてコップに入れてサイダーに。
単純すぎるけれど、それ以上のものが思いつかない。
黄色だったら細く切って、錦糸玉子にしていることだろう。

光に透かすと、細かな気泡が絡み合っているのが見て取れる。
卵の殻を紙やすりでこすって、うんと薄くしたらこんな感じになるかもしれない。
点々と光を宿す水色が、まばゆい水辺のようでもあって、まるでシニャックの描く風景画のようにも見える。

タントセレクトシリーズ
種類:TS-6 色:P-67
特種東海製紙

小特集:タントセレクト
2

2013/12/16  21:58 | 投稿者: 時鳥

ダイレクトメール用の葉書には、掃除機の写真が印刷されていた。
どこからどう見ても掃除機。それ以外の何者でもない。
でもこれは、陶磁器のはずなのだ。ガレリアセラミカの個展案内なのだから。

ガレリアセラミカで「大久保陽平 陶 SOUJI」展を見る。
記帳台の横の小さなガラスケースには、コロコロが置いてあった。
うちのベッドの下でほこりをかぶっているのと同じ形で同じ大きさ、でも、白磁。
その他、小部屋の中にある作品は、どれもこれもが実物大の掃除用具だった。
モップ、デッキブラシ、空気清浄機、掃除機、雑巾、スポンジ。
色が白磁なのだが、その辺にあったらうっかり使ってしまいそうなくらい、細部までリアルに作りこまれている。
見ているうちに、だんだん楽しくなってきた。
壁にもたれているモップなんか、間違って倒したら壊れるはずで、はらはらするのだけど、その一方でにこにこする。
癒されはしないが、のびのびする。
何て言うんだろう、描き込まれていない余白が妙に雄弁なように、無駄飯食らいが飄々とごろごろしていても憎めないように、楽しい。
遊び心、ほどアクティブなものではなく、抜け具合、と言ったほうが近い。
すぐ役に立たないものが、そのことを誇るでもなく、卑下するでもなく、淡々と存在する。

偉そうな壺を置いている会社なんてのがよくあるけど、エントランスにこの掃除用具作品のどれかがぽこんと置いてある会社なんてのがあったら、その会社は、偉そうな壺の会社よりもよっぽど勤め心地が良さそうな気がする。
生き馬の目は抜けないし、活け締めの鯛ですらさばけないかもしれないけれど、少なくとも、力の抜き方は知っている。
困難な時勢を乗り切ることが出来るかとなると、ちと微妙だが。

「大久保陽平 陶 SOUJI」
ガレリアセラミカ(京橋)
期:12/5〜12/24 10時〜18時(水休み)無料
※京橋3-6-18
http://www1.lixil.co.jp/gallery/ceramic/detail/d_002596.html
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2013/12/15  23:11 | 投稿者: 時鳥

ある晴れた平日、電車を乗り継ぎ、バスに乗り、東京家政学院へ向かう。
「本気で見せます!江戸の料理」展を見たいがために、有給休暇を取ったのだ。

駅を出たバスは、紅葉華やかな木立の間を縫って、大学へと向かった。
終点でバスを降りて、「ほよとほー」と口ずさみながら校舎へと向かう。
旋律は「ワルキューレの騎行」。

ワーグナーの楽劇「ワルキューレ」の第3幕は、戦乙女たちの勇ましい掛け声で始まる。
「ワルキューレの騎行」で知られる前奏の後、天空を駆け巡るワルキューレ達が、死んだ戦士をワルハラへと運ぶために集まってくる。
テンションの高まる名曲なのだが、歌詞をひらがなで書いた途端、間抜けな感じになるのは何故だろう。

さて、話を戻して。
展覧会の会場、生活文化博物館は、校舎内にある一室だった。広さは理科室や家庭科室くらい、私が会場にいる間はほかに来館者はいなかったし、係員が来ることもなかった。文字通り無人の館で、じっくりと見る。

展示の中心となるのは、江戸時代の料理書20点と、そこにでてくる料理を元に調理再現製作した料理標本45点だ。
この料理標本、要するに食品サンプルが、とてもうまく出来ていて、分かりやすい。
江戸の料理書は、難しい言葉で書かれているわけではない。前書きこそ、漢文調だったり持って回った言い回しをしていたりするものの、肝心の料理の作り方は、現代日本語の知識だけで読めるくらい単純な文章で書かれている。
しかし、それでも。文字しかないので、想像力を駆使しないと具体的なビジュアルはつかめないし、当時は当たり前の手順や材料が今では特殊なものになってしまったりもしている。
想像で描いたあいまいな料理には、いつも霧がかかっているが、こうしてデパート食堂のショーケース並みにくっきりきっぱりビジュアル化してくれると、その霧が晴れる心地がする。

会場には、無料でもらえるパンフレットが置いてあった。
オールカラーですべての料理標本の図版と解説がついている上、末尾には「再現料理かんたんレシピ」のページまであり、蛸をつかった「さくらずし」、昆布を練りこんだ「墨染豆腐」、味噌汁に溶いた「すり流し豆腐」、鳥と大和芋の「鳥はんぺい」、「蒟蒻煎り出し」、「揚げ出し大根」「かすてらいも」、「こおり豆腐」の8種類のレシピが掲載されている。素晴らしい。
こういうのを見ると、作ってみたくなるし、読んでみたくもなる。

「本気で見せます!江戸の料理」
東京家政学院生活文化博物館(相原)
期:11/9〜2/14 9時半〜16時半(土日祝、12/26〜1/5、2/3,13休み)無料
※町田市相原町2600

小特集:いにしえレシピ関連
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