2014/1/30  22:45 | 投稿者: 時鳥

駐車禁止のタグをたくさん持った人が歩道橋の下にやってきた。
路上駐車している自転車に、片っ端からタグをつけていくが、すでにタグが付けられた自転車は避けている。
一回付ければ十分なのだろう。

通り過ぎつつ、重ね付けしたらどうなるか想像してみる。
長い間放置された自転車は、ハンドルからもサドルからも荷台からもタグが生えて、あたかもおみくじを結び付けられた木のようになる。
タグの上にタグを重ねるなら、七夕飾りか南京玉簾のようになることだろう。
いっそ、駐車違反のタグを折り鶴にしたら、千羽鶴のようになるかもしれない。
折り鶴を開くと多種多様な説諭文が書いてあったりしたら、地味に嫌な感じでいいと思う。手書きだと効果はいや増しになる。
私が駐車違反者なら、効果の薄いところにあえて細かく手間をかける情熱をちょっと怖く感じる。
世間の良心からのプレッシャーというか、呪いだ。
まあ、数回もらううちに慣れて、何も思わなくなると思うけど。

などと下らぬ想像をするうち、目的地に着く。
2

2014/1/29  22:03 | 投稿者: 時鳥

グーグルグラスを装着できる眼鏡が開発された、というニュースを目にした。
あの機器に視力矯正機能が備わっていないことに、逆に驚く。
仮にも眼鏡を名乗っているくせに。
世界の果てまで検索できるくせに。
目の前にあるものをちゃんと見るための役には、立たないらしい。

カメラ機能があるわけだから、視界の一部をズームアップするくらいの機能はいずれ備わることだろう。
そうすれば、眼鏡を作り直しに行く必要はなくなる。老眼鏡も要らない。頭の後ろに目を付けることだって、きっと可能になる。

それが進むと、誰も肉眼では物を見なくなるかもしれない。
目の粘膜なんていう、か弱いものを常に外気に晒していないといけないって、実はとても心細いことのような気がする。
タマネギを刻んでは目にしみ、シャンプーが入ってもコンタクトレンズがずれても目が痛み、花粉が入っては滂沱の涙をあふれさせる。
こんなか弱いものはしっかり守らないと、って考え方をしたっておかしくない。

一日中、みんなが何かのゴーグルをかけて生活し、顔を洗うときしか外さないって時代が、近々来るかもしれない。
もっとも、鼻の粘膜については既にそうなりかかっているような気がしなくもない。
季節を問わず、マスク人口が著しく増加していて、そこはかとなく恐ろしい感じがする。
なんか、こう、何人か入れ替わっても分からないのではないかと、ふとした折に思うことがある。
グーグルグラスを装着できる眼鏡が開発された、というニュースを目にした。
あの機器に視力矯正機能が備わっていないことに、逆に驚く。
仮にも眼鏡を名乗っているくせに。
世界の果てまで検索できるくせに。
目の前にあるものをちゃんと見るための役には、立たないらしい。

カメラ機能があるわけだから、視界の一部をズームアップするくらいの機能はいずれ備わることだろう。
そうすれば、眼鏡を作り直しに行く必要はなくなる。老眼鏡も要らない。頭の後ろに目を付けることだって、きっと可能になる。

それが進むと、誰も肉眼では物を見なくなるかもしれない。
目の粘膜なんていう、か弱いものを常に外気に晒していないといけないって、実はとても心細いことのような気がする。
タマネギを刻んでは目にしみ、シャンプーが入ってもコンタクトレンズがずれても目が痛み、花粉が入っては滂沱の涙をあふれさせる。
こんなか弱いものはしっかり守らないと、って考え方をしたっておかしくない。

一日中、みんなが何かのゴーグルをかけて生活し、顔を洗うときしか外さないって時代が、近々来るかもしれない。
もっとも、鼻の粘膜については既にそうなりかかっているような気がしなくもない。
季節を問わず、マスク人口が著しく増加していて、そこはかとなく恐ろしい感じがする。
なんか、こう、何人か入れ替わっても分からないのではないかと、ふとした折に思ってしまう。
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2014/1/27  23:28 | 投稿者: 時鳥

「食物繊維がお米の約20倍!!」と、胚芽押麦の袋に書いてあった。
そもそも、食物繊維は米から取るものなのだろうか。精白米に食物繊維が含まれているってイメージがないんだけど。
数値データを見せられると、客観的で信頼できそうな感じを抱きがちだけど、膨大に取得した数値データの中から恣意的に選んだ部分を見せているわけだから、ちょっと頭を冷やして考えねばならぬ。
500円引きと2割引きと何も買わないのを比べたら、一番安いのは何も買わないことなのだ。

袋の裏面によると、100gあたりの食物繊維は10.3gとのこと。
手元にある食品成分表に載っていた「食物繊維を多く含む食品」15品目と比べる。
最上位は80.9gの寒天、ひじきの43.3gと干ししいたけの42.5gが続く。胚芽押麦と近いのは、14位のアーモンド11.8gと15位のごぼうの水煮11.1gのあたりだ。
ごぼうと同じくらい含まれるのなら、まあ、食物繊維が多いと言っても良い気がする。
しかし、寒天、ひじき、干ししいたけ、青海苔、かんぴょう、切干大根と日本的な食材が上位を占めて、その後でいんげん、あずき、えんどうと続くんだけど、日本以外の国の人は食物繊維をあまり取らないのだろうか。
もっとも、最近の日本人はさほど頻繁にはこれら上位品目を食べていないと思われるが。
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2014/1/26  22:59 | 投稿者: 時鳥

「ここをホッチキスでとめてください。」というタイトルの個展を観るため、クリエイションギャラリーG8に足を運ぶ。
トラフ建築設計事務所の個展なのだけど、建築に関するものはまったくない。タイトルを知らずに見たら、建築家の個展だとは気付かないと思う。
部屋のあちこちに、滑車やら鏡やら小さなサッカーゴールやら台所用品やらがいて、遊んでほしそうな顔をしている。
それが何で、普段どこでどんな風に使われているかはできるだけ忘れるようにして、今、目の前にあるものをそのまま見るように心がける。
毎日使っているありふれた品物だって、ちょっとひねればすぐ玩具になる。
実用品が実用品であり続けながら、同時に遊ぶことだって出来る。
おたまだってホースだって扇風機だって、遊んで欲しいのだ。多分。
空間全体が遊び心に満ち満ちていて、大人と子供と日用品の遊園地みたいな場所になっていた。
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2014/1/24  22:32 | 投稿者: 時鳥

街路樹の枝打ちをしているところに行き会う。
先に進むと、枝打ちの済んだ樹木がシンプルな姿でたたずんでいた。
木というより、電信柱の出来損ないに見える。
小枝は完璧に取り払われ、道路に落ちていた繊細な影も消えた。
体積は3分の2にもなっていないだろうが、表面積は1000分の1以下になった。
小枝と小枝の間に内包されていた空間が解放されて、木と世界との接点が著しく減少している。

ふと思った。
枝や葉というのは、外部との接点なのではないだろうか。
人間で言うなら外見、コンピュータで言うなら入出力装置。
木は枝葉末節より根幹が大事、人間は外見より中身が大事、それは確かにその通りなのだけど、枝葉や外見が不要かと言うと、そんなことはあるまい。
コンピュータで一番大事なのは演算装置で、最悪の場合、入出力装置がなくてもコンピュータはコンピュータたりえる。ディスプレイやマウスやキーボードは、単体ではコンピュータと呼べないけれど、パソコン本体は周辺機器をひとつも持っていなくてもコンピュータだ。そもそもcomputeは、「計算する」という意味なのだから。
でも、入出力装置を持たず、外部と一切の接点を持たないコンピュータは、中でどんなに凄いことをしていようと世界にとってはあんまり意味のない代物だ。
入出力装置を備えて、外部の世界とやり取りをすることで、初めてその処理は世界にとって意味をなす。
最も重要な核となるのは根幹や中身や演算装置でも、その価値をちゃんと汲んで、世界の中に位置づけるには、枝葉や外見や入出力装置が不可欠だ。
ものには中心があって、それはとても大事だけど、表面だって別の意味で大事なのだ。

接点は多ければ多いほど世界に影響を及ぼしやすくなるが、反対に、世界から影響を受けやすくもなる。
人でも植物でも機械でも、適正な接点の量はそれぞれ違っていて、小川みたいに浅く絶え間なく流れているのが適正な存在もあれば、古池みたいに深く淀んで、出入を極力少なくするのが適正な存在もある。
また、樹木が枝や葉を落とすように、表面積と内包量のバランスは同じ生き物の中でも揺らいでいて、常に細やかな調整が行われている。
人間は一応、各々で適正だと思うバランスをとっているけど、厄介なのは、本人が思っているのが正しいとは限らないこと、思ったとおりにバランスが取れるとは限らないこと、バランスの崩れに時々、気付けないこと。
ちょっと体調を崩しただけでも微妙な調整が必要で、それを面倒臭がって怠けると、違和感になって返って来る。
年を取るにつれて、調整のコツはつかめてきたけど、それでも完全自動化というわけにはまだ行かない。一生、行かないのだと思う。
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2014/1/23  7:53 | 投稿者: 時鳥

展覧会情報を17件追加しました。
右の「展覧会情報」リンクよりお入りください。
追加した情報は以下の通りです。


「デコ トコノマ」
DAZZLE(外苑前)
期:1/21〜2/2 12時〜19時(月休み)無料
※港区北青山2-12-20 #101
☆小正月も過ぎ、寂しくなった床の間に華やぎを再び。20組の作家が作る、掛け軸と置き物の2点セット。
http://gallery-dazzle.com/

「国宝みうらじゅん いやげ物展 in TOKYO」
パルコミュージアム (渋谷)
期:1/17〜2/3 10時〜21時(無休)500円
※渋谷パルコパート1 3F
☆土産物屋の片隅におけるビミョーな存在感を愛でられ、早数十年。今や絶滅危惧種となったいやげ物が一同に会す!!

「Kawaii 日本美術 若冲・栖鳳・松園から熊谷守一まで」
山種美術館(恵比寿)
期:1/3〜3/2 10時〜17時(月休み)1200円
※渋谷区広尾3-12-36
☆2/4〜後期。室町から現代までの約80点。あちこちの分野に点在する「かわいいスイッチ」を探し出す楽しみ。

「兜 KABUTO 戦国アバンギャルドとその昇華」
佐野美術館(三島田町)
期:1/7〜2/11 10時〜17時(木休み)1000円
※静岡県三島市中田町1-43
☆戦国の世に花開き、太平の世で成熟した、サムライ・アバンギャルド。傾き倒した男による、美意識の極。

「ここをホッチキスでとめてください。」
クリエイションギャラリーG8(新橋)
期:1/17〜2/13 11時〜19時(日祝休み)無料
※中央区銀座8-4-17 1F
☆トラフ建築設計事務所の実験と冒険。人の暮らしや行動への小さな「?」に対する、現在進行形の回答たち。

「第17回文化庁メディア芸術祭」
国立新美術館(六本木)
期:2/5〜2/16 10時〜18時 金〜20時(2/12休み)無料
※港区六本木7-22-2

「淺野健一 剛の者」
hpgrp Gallery 東京(表参道)
期:1/17〜2/16 11時〜19時半(月休み)無料
※渋谷区神宮前5-1-15 CHビルB1F
☆鎧兜とサイボーグが交配し、進化する。メイン作品ほか新作5点。天明屋尚プロデュース。
http://hpgrpgallery.com/tokyo/

「指を置く 佐藤雅彦+齋藤達也」
ギンザ・グラフィック・ギャラリー(銀座)
期:2/6〜2/28 11時〜19時 土〜18時(日祝休み)無料
※中央区銀座7-7-2 DNP銀座ビル1F

「江戸の面影 浮世絵は何を描いてきたのか」
千葉市美術館(千葉)
期:1/25〜3/2 10時〜18時 金土〜20時(2/3、2/10休み)1000円
※千葉市中央区中央3-10-8
☆来日外国人の証言や江戸時代の狂歌、随筆をきっかけに、浮世絵が表現してきた事象を丁寧に解き明かす。
http://www.ccma-net.jp/exhibition_end/2013/0125/0125.html

「第53回消費者のためになった広告コンクール展 第55回日本雑誌広告賞入賞作品展」
アド・ミュージアム東京(新橋)
期:1/24〜3/2 11時〜18時半 土日祝〜16時半(月休み)
☆消費者目線で選んだ広告賞。メッセージ性の強いもの、じんわり来るものが多いのが特徴。

「元祖音楽バラエティ 三木鶏郎の世界 生誕100年」
NHK放送博物館(神谷町)
期:12/3〜3/9 9時半〜16時半(月、12/26〜1/3休み)無料
※港区愛宕2-1-1
☆CM音楽の祖にして、音楽による風刺の達人の生涯。三木鶏郎企画研究所が協力。

「板谷波山の夢みたもの 〈至福〉の近代日本陶芸」
出光美術館(有楽町)
期:1/7〜3/23 10時〜17時 金〜19時(月休み)1000円
※千代田区丸の内3-1-1
☆出光コレクションの波山陶芸約180件と素描約120点。みずみずしく穏やかな、匂いたつような陶芸。

「ハイレッド・センター:直接行動の軌跡」
渋谷区立松濤美術館(渋谷)
期:2/11〜3/23 10時〜18時(月休み)300円
※渋谷区松濤2-14-14
☆高松次郎、赤瀬川原平、中西夏之が1963年に結成したアートユニットの活動。
ユーモアと問題意識で、社会を日常を「攪拌」する。

「星を賣る店 クラフト・エヴィング商會のおかしな展覧会」
世田谷文学館(芦花公園)
期:1/25〜3/30 10時〜18時(月休み)700円
※世田谷区南烏丸1-10-10
☆商會初の展覧会。著作、装丁、デザインワークなど、これまでのお仕事総ざらえ。

「ウィン・バロック 光に魅せられた写真家」
写真歴史博物館(六本木)
期:1/3〜3/31 10時〜19時(無休)無料
※東京ミッドタウンウェスト1F
☆作家自身が制作したヴィンテージ・プリントを中心に、代表作23点を展示。精緻と重厚の同居。

「野口哲哉の武者分類図鑑」
練馬区立美術館(中村橋)
期:2/16〜4/6 10時〜17時半(月休み)500円
※練馬区貫井1-36-16
☆ブランドロゴが家紋の鎧、兜の羽で空飛ぶ武者などホンモノっぽく大嘘な鎧武者たちの作品約90点。
新作含む。元となった美術作品や写真も展示。

「イメージの力 国立民族学博物館コレクションにさぐる」
国立新美術館(六本木)
期:2/19〜6/9 10時〜18時 金〜20時(火休み)1000円
※港区六本木7-22-2
☆広大な空間に仮面や神像から現代美術まで、古今東西の造形物約600点を展示。4/19、5/18は入場無料
http://www.nact.jp/exhibition_special/2013/power_of_images/index.html
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2014/1/22  21:10 | 投稿者: 時鳥

何気ない一言に、控えめな意地の悪さがのぞく。
冗談か、単に率直なのか。悪意か好意か、それとも何の底意もないのか。即座に判別できない微妙なさじ加減が癖になる。

16篇を収めたジョン・コレアの個人短編集。ジャンル分けするならミステリーかサスペンスなんだけど、寓話らしきものもホラーらしきものもあり、そのどれにも、独特の味わいがある。
著者はヒッチコック劇場に原作や脚本を提供していたそうで、確かに、ヒッチコックの映画と似た雰囲気がある。
大事なことにわざと言及せず、外側を埋めてほのめかし、あとは読者の想像にゆだねてしまうところとか、確実に積み重ねていた論理が、ある瞬間にいきなり飛躍し、妄想に近いものになっているのに当人だけがまだ論理だと信じ込んでいるところとか。
本人達にとっては一世一代の犯行現場でも、外から見ると笑いの種があちこちに転がっている。
無茶も残酷も犯罪も、とぼけたユーモアにくるまれて、憎めない。恐ろしいより何より先に、人の悪い笑いが漏れてしまう。
人を食った、という表現がとてもよく似合うお話。

『予期せぬ結末1 ミッドナイト・ブルー』ジョン・コレア 扶桑社
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2014/1/20  23:14 | 投稿者: 時鳥

料理のレシピを何百本も打ち込むと、端末の変換システムにはおかしな癖が付く。
そのことは最初から分かっていたから、レシピを打ち込む時には普段文章を打つのとは別の端末を使うようにしていた。
「いって」を「煎って」、「する」を「擂る」と一発変換する端末では、うかうかメールも打てないのだ。
たまたま端末を2台持っていたから使い分けが出来たけど、特殊な変換をする文章をもう一種類打ちたいと思ったなら、次はもう、どちらかの端末に相乗りさせるしかない。
で、嫌なタイミングで変な候補を出されて脱力するのだ。家の中で聞いたことを、外で、空気読まずに口走る子供と、慌てふためく親みたいに。

変換の学習機能は実にありがたいものだけど、あるところで学習したことをすべてに適用されては、困ることもある。
かといって、文章の種類ごとに別の端末を用意するのは、まったくもって現実的じゃない。
要は、1台の端末の中に複数の変換君を登録できて、誰に変換してもらうかを場合によって選べればいいのだ。エディタの編集モードを切り替えるみたいに。
今、1台の端末の中には1人の変換君しかいなくて、仕事だろうが独り言だろうがラブレターだろうが、同じ子が対応する。
これが複数いて、役割を分担してくれれば、場違いな変換は少なくなるかもしれない。
欠点は、横のつながりが薄いから、ひとつのことを教えるに、都度、全員に教えないといけないこと。
中心となる子をつくって、その子に教えたことは全員に反映されるような仕組みにすると良いかもしれない。
だんだん、多重人格者の話に近づいてきたけど。

小特集:いにしえレシピ関連
3

2014/1/19  14:10 | 投稿者: 時鳥

モバイル端末でメールをたかたか打つ。
なにとぞごじあいください。変換。

期待したのは「何卒ご自愛ください」だったが、
出てきたのは「なにとぞ5痔合いください」だった。
どうしてこんなこと考えたんだろう、この子。
ジロウ関係の単語なんて、一度も打ったことがないのに。
とりあえず、送る前に気づいてよかった。

ついでにこの子、「このこ」を最初、一単語と認識したんだけど。
おっさんの血が入っているのだろうか。
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2014/1/19  10:18 | 投稿者: 時鳥

天気予報欄に、雪だるまが顔を出していた。
毎年のように荒天に見舞われながらも、なお、この時期に決行し続けるってことは、センター試験には「運」っていう暗黙の試験科目が存在するんだと思う。
インフルエンザが流行する時期でもあるから、「丈夫さ」も試験科目に入っているかもしれない。
運がないと、せっかくの画期的発見が日の目を見ないかもしれないし、丈夫でないと、いざと言うときの踏ん張りが利かずに、研究をものにできないかもしれない。
どちらも研究者にとっては重要な才能だ。
そんな先天的な要素で選考をするのは不平等じゃないかと言う人がいるかもしれないが、そもそも、生まれつきの頭の良さは人によって違うのだから、学力試験だって大して平等じゃないのだ。
生まれつきの頭の良さは変えられなくても、努力と環境である程度カバーできるように、運と丈夫さも、準備や手回しをきちんとすることで、失敗しないように持っていくことは多分できる。
既存の学問を学ぶことだけを目的とするなら学力だけでいいけど、新しいことを研究する側に立つなら、運と丈夫さは決して無視できない要素で、それゆえに、アクシデントの発生しやすいこの時期に選考試験を行うのは、ある意味、理にかなっている。
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2014/1/17  22:26 | 投稿者: 時鳥

宝暦10(1760)年に大阪で刊行された『献立筌』という料理書に、当時の食材のリストが載っていた。
モロヘイヤやブロッコリーは当然載っていない。白菜も玉葱もない。その代わり、今では行事でしか食べられない食材や一般的には食べられなくなった食材もたくさん載っている。
お節の黒豆に入った赤い酢漬けしか知らないチョロギが、田楽になったり黒和えになったりするのを見ていると、当時と比較して現在の食文化は発展しているのか衰退しているのか、分からなくなってくる。少なくとも、変化しているのは確かだ。
チョロギや松菜があまり食べられなくなるには、もちろん色々な理由があったことだろう。時代ごとの必要と不要というのがあって、それに逆らって不要なものを延命すれば、無理が生じる。
しかし、ひとつのものがなくなるというのは、そのものだけの問題ではないのだ。あるものがなくなると、そのものの作り方や使い方がなくなり、それを材料に使ったものや習俗も消えたり変わったりする。
そして、一度なくなってしまったものは、なくなった理由がなくなって、使う理由が生まれた後でも、復活はしにくい。
「いつか役に立つかもしれない」。そう考えて取っておいたものは、大抵、いつまでたっても役に立たない。そんなことは自分の部屋の片づけで先刻、承知だ。
では、直ちに捨てるのが唯一の正解かというと、そんなこともない。「あの時、捨てなければよかった」と思うことはいくらでもある。
残すのも、捨てるのも、正解だったり不正解だったりする。
絶対の正解はないのだけど、ひとつ思ったのは、「預ける」という解法もあるのではないかということだ。
植物なら種子のまま、技術や文化は記録に残して、いつか復元できるようにできるだけ配慮した上で、一旦手放す。
あとで必要となった時に誰かが再起動するかもしれないし、いつまでも種子と記録の中で
眠り続けるかもしれない。
問題は、必要な時に必要な人に届けられるかだけど、これだけ種も記録もあふれかえっている世の中だと、探す側が自分の欲しいものにたどりつくまでが一苦労、二苦労だ。
欲しいものの名前が分かっていれば、検索ウィンドウにキーワードを入れるだけで探せるけど、人間、何が欲しいか言葉に出来ないことも多いし、そもそも、足りないことに気付いてすらいないことも多いのだ。

小特集:いにしえレシピ関連
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2014/1/15  22:58 | 投稿者: 時鳥

『考現学入門』をまだぱらぱらとめくっている。
通読するのではなく、気になる部分を拾い読みしているから、「読み終えた」と言える日は来ないような気がしてきた。
そろそろ返却期限なので、読んだところを一旦記録しておく。

「東京銀座街風俗記録」では、通行人の年頃・職業・髪型・服装・持ち物を捉える素早さに舌を巻く。
女性のヘアネット使用率やハンカチの色模様、男性の懐中時計についた鎖の色と太さ、めがねの形、などなど、よくぞここまで記録できたものだと感心してやまない。
図入りのデータを眺めていると、1925年5月の銀座を歩いていた人の様子が、その場にいたかのようにまざまざと目の前に浮かぶ。

「本所深川貧民窟付近風俗採集」は下町版。
銀座ほど項目は多くないが、小学校女児の頭髪のスケッチがとりわけ面白い。
なんだか、不思議な髪の結び方をしている子供が多い。
おしゃれを目指したわけでも、簡便を目指したわけでもなさそうだし、どうしてこんなユニークな髪型が生まれてしまったんだろう。これから流行るのか?

「井の頭公園春のピクニック」と「井の頭公園自殺場所分布図」はセットで読むべき文章。
同じ木の下でいろいろ起きるものだ。まったく。

「カケ茶碗多数」は、行きつけの食堂で出てくる茶碗がいつもいつも欠けていることに怒った調査者が、昼飯に行くたびに欠けやひびの状態を帳面に記録してみたというもの。
載せられた48種類の平面図と側面図を見ると、調査者の怒りは大変正当なものであるとの思いを禁じえないが、しかし、同情したり怒ったりする前に、つい笑ってしまうのも事実。
周辺がぐるりと、鼠がかじったように欠けている茶碗や、あっちのひびとこっちのひびがあと一押しで貫通しそうな茶碗を堂々と使っているって、逆に凄い。
なお、この調査結果を食道の実名入りで発表した後、茶碗はすべて新品に入れ替えられたのだそうだ。

「洋服の破れる箇所」は、工業学校の生徒に、着古して着られなくなった服の破損箇所をマーキングしてもらい、結果をまとめたもの。
調査対象として、工業学校の生徒を引っ張り出してきたのが秀逸。
一番服が傷みやすい集団のひとつだろう。
結果はひじと袖口がトップを争うという予想通りの結果、なお、右ポケットと左ポケットでは、左ポケットのほうが破損率が高くなっている。

『考現学入門』今和次郎 藤森照信・編 ちくま文庫
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2014/1/13  22:46 | 投稿者: 時鳥

「アーティスト」という映画を見た。2011年の作品で、翌年のアカデミー賞をいくつも受賞したほぼサイレント映画。もちろん白黒。ただし、音楽は付いているから、上映にあたっては弁士も楽団も必要ない。
1920年代から30年代、映画がサイレントからトーキーに変わる時代のハリウッドを舞台に、サイレント映画のスターと新人女優が惹かれあいつつ浮いたり沈んだりするというストーリーのフランス映画。この設定にもかかわらず、制作国はフランス。

映画はとても素晴らしく、満足のうちに見終えた。
重要なシーンで、主役の二人がタップダンスを踊る。
それを見て、フレッド・アステアがジンジャー・ロジャースやエレノア・パウエルと組んで映画の中で繰り広げたダンスシーンを連想した。
だから、「アーティスト」のすぐ後に「ザッツ・エンタテインメント」のDVDを出してきたのは、当然の流れだった。

「ビギン・ザ・ビギン」の場面を再生する。
1940年公開の白黒映画「踊るニュウ・ヨーク」の一場面で、アステアとパウエルが鏡の間でタップダンスをする。
2分半のダンスを見ていると、何故か笑いがこみ上げてきた。
おかしなことをしているわけではないのだけど、笑っちゃうくらいに楽しい。
このダンスと音楽のどこがどう凄いと、理屈で説明することは私には出来ないのだけど、あえて言うならこの感覚は、打ち上げ花火を見た時の感覚に近い。
打ち上げ花火がはじけて、夜空に華やかな光が広がると、いつでも無条件に嬉しくなる。それと同じように、訳もなく嬉しい。
もしかしたらと思ったけど、「アーティスト」もダンスの部分では40年代の名作を超えられていなかった。
昔のほうが凄い、と口にすることは、しばしば懐古趣味につながるけれど、それでもやっぱりそうとしか言えない事がある。
「昔の人が凄かった」のと「昔、凄い人がいた」のとでは大きく違うから、そこは冷静に判断する必要があるけど。30〜40年代の映画のダンスシーンで、今となっては古臭くなっているものはたくさんある。
また、映画全体ではかるなら、「アーティスト」のほうがかつてのダンスが売りの映画よりも優れている。昔のは、ストーリーが無茶だったり、ダンスに力を入れすぎてほかが適当だったりするから。
そう考えると、全体に配るべき労力をダンスに集中したおかげで、数分の名場面が生まれたのかもしれない。
全編が80点の映画は良い映画である。しかし、5分間が200点で残り85分は60点の映画が駄目かというと、決してそんなことはない。
映画に限らず物事は、平均点や総合点で評価する場合と、瞬間最高得点で評価する場合とがある。
2

2014/1/12  22:49 | 投稿者: 時鳥

続いて、6位以下。

「古代ギリシアの名作をめぐって 人 神々 英雄」は、古代ギリシアの壺や神像をきっかけに、古代ギリシアの生活や神々についてを、様々な映像技術を駆使して見せた展示。
壺ひとつであちこちに広がっていくところが面白い。
関連エントリ:ヘラクレスとの距離

「テクネ 映像の教室」は、教育テレビで放映されている同名の番組についての展示。
番組では、一回につきひとつの映像技法をテーマとして扱っているそうで、会場ではストップモーションやプロジェクションなど、6つの技法をとりあげて、番組で作った映像や、歴史的名作を流していた。
過去の名作は特に面白く、モニターに釘付けになる。

中村雅夫さんの写真展は、キャノンギャラリーSで「Magic of the blue〜深遠なる海への旅路〜」、キャノンギャラリー銀座で「うたかた」のふたつを同時開催していた。
どちらを入れようか悩んだが、ベストにはより広いスペースで、長い会期で、過去の代表作まで展示していたキャノンギャラリーSの方を。
魚の顔面をアップで捉えたシリーズは愛嬌にあふれ、死に行くクラゲを追った映像に涙ぐむ。
でも一番気に入ったのは、海底の砂の上で暮らしているケガニの写真。
自分の場所にいるケガニがこんなにきれいだとは知らなかった。
背中が薔薇色というか、虹色に輝いている。

「五線譜に描いた夢 日本近代音楽の150年」
明治以降の日本の近代音楽の資料をここまで幅広く網羅的に集めた展覧会は、過去になかった。
日本近代音楽辞典と言ってもいいくらいの充実度で、この展覧会を真面目に見れば、幕末から現在までの日本において、西洋音楽がどのように受け入れられ、発展してきたかをひとつながりで把握することが出来る。
当然、ここにあるのはひとつの見解だから、ほかの見解も知った方が良いけど、しかし、正史に出てくるような重要事項は軒並み押さえていると思う。門外漢だから、断言は出来ないけれど。
映像・音源も多数。
関係者の熱意と労力に、ひたすら頭が下がる。

齋藤陽道写真展は、初夏に外苑前の民家で、夏に浅草の鯛焼き屋で、冬にワタリウム美術館で開催されて、都度足を運んだ。
ここでは、一番大規模だったワタリウム美術館のものを選んだ。
何を写したどういう写真かを説明すると、間違いになるような気がする。どうしてそう思うのか、上手く説明は出来ないけれど。
きれいだけど、綺麗とも清潔とも美しいとも違う。
つよいけれど、強でも剛でもなく、「強靭」にとても近い。
儚くて壊れるから綺麗なのではなく、壊れても治ろうとするから、元と同じ形ではなくても進もうとするから、きれいなのだし、また、勝つから強いのではなく、負けても折れないからつよい。
そういう種類の「きれい」と「つよい」だ。

なお、10位以内に入れるかどうかで最後まで迷ったのは以下の2つ。
エプサイト「神村光洋写真展 Zoo 海外編」(6月)
HB Gallery「大高郁子 マジック山水図」(11月)
動物のいない動物園の檻の写真展と、マジックで描いた仙人っぽい人々ののんびり生活。
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2014/1/11  13:44 | 投稿者: 時鳥

去年見た展示から、ベストを10と特別賞1。

ベスト1〜5:
三菱一号館美術館「シャルダン 静寂の巨匠」(1月)
Bunkamuraザ・ミュージアム「白隠」(2月)
東京オペラシティアートギャラリー「新井淳一の布 伝統と再生」(3月)
県立神奈川近代文学館「添田唖蝉坊・知道 明治・大正のストリート・シンガー」(3月)
国立公文書館「旗本御家人III お仕事いろいろ」(10月)

ベスト6〜10:
ルーヴル-DNPミュージアムラボ「古代ギリシアの名作をめぐって 人 神々 英雄」(2月)
デザインハブ「テクネ 映像の教室」(3月)
キャノンギャラリーS「中村征夫 Magic of the blue〜深遠なる海への旅路〜」(7月)
東京オペラシティアートギャラリー「五線譜に描いた夢 日本近代音楽の150年」(12月)
ワタリウム美術館「宝箱 齋藤陽道写真展」(12月)

特別賞:
インターメディアテク

インターメディアテクはショッピングビルの中にある無料の博物館で、展示も多くは常設みたいなものなんだけど、これを抜きにして去年のベストは選べない。
東京大学総合研究博物館らしく、解説は少なめで、その代わり、資料そのものに存在感がある。
向かい合うと、希少性だとか保存状態だとか学術的価値だとか、細かいものを吹っ飛ばして、まず資料がモノとして迫ってくる。
経年劣化している資料はその汚れや朽ち方がまた味わいとなっているし、不十分なキャプションしかついていない資料でも、モノに力があるので全然気にならない。
東京中央郵便局の建物と古めかしい什器は雰囲気たっぷりで、実物資料が持つ力を存分に発揮するのを、後方からサポートしている。
関連エントリ:新館開館; 個体差; 世界の続きは隣の島; マチカネワニ; 後頭部

シャルダン展は、台所の一隅を切り取った静物画に立ち尽くした。どこにでもある鍋や鉢、しかしその絵は瑞々しく清らかで、輝かしい。
関連エントリ:シャルダンの絵

白隠展は、江戸時代中期の禅僧が残した書画の展覧会。こういうのを見ると、なんとかなるさって気分になる。
関連エントリ:白隠と達磨; ゆで卵にソースと観音

「旗本御家人III お仕事いろいろ」は、旗本御家人シリーズ第3弾。
毎回面白いけど、第何弾まで行くんだろう。
中学高校の歴史の教科書には載らない、些細なことばかりなんだけど、歴史ってこういう細かいところが面白いと思う。現在と同じだったり違ったりで。
関連エントリ:旗本御家人、おもな内容; 天保の温度計; 乳の母

「新井淳一の布 伝統と再生」展は、テキスタイルデザイナーの展覧会。
想像すらしていなかったような布がどっさりあって、布の概念が大幅に拡張された。
万華鏡の世界をべりべりっと剥いできて、冷凍して金属加工して、布にしたみたいな作品だの、最果ての地の風景にしか見えない布だのがあって、驚くとともに大変興味深かった。

「添田唖蝉坊・知道 明治・大正のストリート・シンガー」は、演歌師の展覧会。
世の中の問題、例えば貧困や不平等や住宅難、渋滞、不衛生だのを強烈な歌詞で諷刺し、街角で歌っては大衆の喝采を集めたのが添田唖蝉坊、息子の知道は「東京節」でデビューし、実演よりも作曲を得意とした。
歌詞の中にある固有名詞や事件等はその時代特有のものだけど、歌われたことの根っこは100年前も今も変わらない。おそらく、1000年前でも1000年後でも変わらないだろう。
時代固有でありながら、ひどく汎用的であるというのは矛盾して聞こえるかもしれない。
しかし、玉の一箇所をまっすぐ深掘りしていくと、どこから掘ろうが必ず中心にたどり着くみたいなもので、ひとつの時代のひとつの事例も深めれば、汎用的なところにたどり着いてしまうのだと思う。

ベスト6以降は次の項へ続く。
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