2015/8/31  23:25 | 投稿者: 時鳥

耳の外側のびらびら、これってなんて呼ぶんだっけ。
そんな疑問が湧いて、『ワーズ・ワード』を開く。
そう、「耳介」だった。
それはいいのだが、耳介の各部位の呼び名が事細かに載っていて、恐れ戦く。
12種類も呼び名がある。
耳たぶは「耳垂」、耳の穴の真上に顔から出た突起は「耳珠」、耳珠の反対側にある、耳介の中のこりこりした部分は「対珠」、耳の上半分の輪郭部分は「耳輪」、下半分の耳たぶより上は「耳輪尾」、耳輪の内側のカーブのくぼみは「対輪」、対輪のさらに内側、顔との間に挟まれた部分は「三角窩」、などなど。
骨や関節や神経ならともかく、こんな軟骨と肉だけみたいなところにこんな細かい名前がついているとは思わなかった。
耳輪と耳輪尾を明確に分けなきゃならない事態が、何か存在するんだろうか。
これだけ呼び名が明確になっているってことは、多くの人の耳にこれらの部位が存在するってことなんだろう。
耳の形って、人によって随分違うけれど、構成パーツは同じなのね。
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2015/8/30  22:30 | 投稿者: 時鳥

死にかけた蝉がじりじりと震えている。
まるで携帯電話のバイブレーター機能のように。
手にとって、何か押したら、どこかへつながってしまったりして。
できれば、つながってほしくはないのだけど。
どう考えても、あの世とか神様とかパラレルワールドとか、今いるこの世じゃないところにつながって、知らないほうがいいようなことを聞かされる気がしてならない。
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2015/8/28  23:38 | 投稿者: 時鳥

最近読んで、はっとした話。
ニワトリが先か、卵が先か論争というのが昔からある。
「卵が先」派が今は優勢だ。
しかし、その文章の書き手は問いかけていた。
「ニワトリの卵」とは、一体全体何なのか、と。
ニワトリが産んだ卵を「ニワトリの卵」と呼ぶのか、それとも、そこからニワトリが生まれる卵を「ニワトリの卵」と呼ぶのか。
どちらの立場を取るかによって、ニワトリが先にも、卵が先にもなる。

思うのだけど、先と後の関係って、決まっているように見えて、案外決まっていないことがあるのかもしれない。
原因があって結果が生じたように見えても、ある時、いきなりひっくり返って、結果から逆算して元をひねり出したことがわかってしまうこともある。
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2015/8/26  23:46 | 投稿者: 時鳥

自分の生年月日はもちろん覚えている。
しかし時々、生年月日の記入欄にそれ以外の日付を書き込むことがある。
戸籍上の生年月日と同一の日付を記入する必要がない、と判断した場合は、かなりの確率で別の日付を書き込んでいる。
勝手に機械的に誕生日を祝われるのって、嫌い。あなたには何の関係のないことですわよね?

そうした折には思いついた日付を適当に書くことも多かったが、ここしばらくは、大体、同じ日付を使っている。
それは私が実際に生まれた日ではない、無関係の一日、ただの非誕生日のひとつにすぎない。
けれど、あちこちで何度も使っているうち、だんだんに「無関係の日」とは言い切れなくなってきた。
こっちとあっちで同じ日付を誕生日として書き込んだとする。
こっちとあっちが互いに直接やり取りをした場合、誕生日と何かを手がかりにこのIDとあのIDを同じ人間の物として関連付けできるかもしれない。
私にとっては偽物でも、こっちとあっちにしてみればそれは私に付随するもので、本物なのだ。

本人の覚えている生年月日や戸籍上の生年月日は、実際に生まれた日とは別の日だった。
昔の人の略伝や年賦を読んでいると、そんな話がよく出てくる。
そしてそれらは基本的に、記憶や記録が間違っているものとして扱われる。
しかしながら、実際に生まれた日付と、本人の信じている日付と、公的な記録にある日付では、どれが「本当の生年月日」なのだろう。
状況や時代背景や人間関係なんかに応じて、その判断って変わってくるんじゃないだろうか。
3

2015/8/24  23:41 | 投稿者: 時鳥

スマートフォン用のアプリに、そろばんがあったらちょっとおもしろいような気がする。
作る予定はない、走り書き。
弾いた感触がちゃんとあって、「ご破算に願いましては」と立てれば、そろばん玉がじゃっと落ちる。
画面に出てきた計算問題を解くのだけど、そろばんで解いて答えを提示しなければならない。
計算機より、ゲームやパズルに近い。
1

2015/8/22  23:34 | 投稿者: 時鳥

アラビア語の絵本の読み聞かせをする催しを見つけた。
アラビア語は、コーランを元にした共通語があって、それとは別に各地の方言が存在する。
日常で話されるのは方言のほうで、共通語は改まった場とか外国人と話す時とか、特定の場合にしか話されない。ほとんど文語に近いものだと聞いたことがある。
つまり、子供が母語にしているのは方言で、共通語は成長過程で習って覚える。
文字で書くアラビア語は、共通語を筆記したもので、方言を文字で書くことはめったにない。

だとすると、このアラビア語の絵本の読み聞かせというのは、どうなっているのだろう。
@本は共通語で書かれていて、共通語で読む
A本は方言で書かれていて、方言で読む
B本は共通語で書かれていて、方言に翻訳して読む

@だと、幼い子供には外国語にしか聞こえない。ある程度、成長した子供に対して、共通語の勉強をさせる意味でつくったのなら、それもありだ。
Aだと、方言で書かれたイレギュラーな本である上、その地方の出身者以外、読まない本になる。例外が重なっていて、いささか不自然だ。
Bだと、読む人によって言葉の使い方や選び方が変わってくる。文字を読むというより、相手の反応を見ながら、聞き手と一緒に話を作り上げていくみたいになるだろう。
本の言葉が後ろに下がって、読み手と聞き手と絵と物語が前に出る。
あの本の話、というより、あの人の語った話、という覚え方をされそうだ。
2

2015/8/20  23:39 | 投稿者: 時鳥

開いたページに、マリー・タリオーニのエピソードが載っていた。
トウ・シューズで踊り始めた最初の人、ロマンティックバレエの申し子、バレリーナの草分け。お手本みたいに、伝説みたいに崇められている人だけど、実は、腕が長すぎたという。
不恰好な腕を隠すために、振付師の父親は腕を交差するポーズを考え出し、そのポーズが人気を博し、今も伝えられている。
バレリーナとしての技術や才能はともかく、当時の基準ではあまり美しくなかったらしい。

すこし、謎が解けたような気がする。
彼女らが舞台で踊っている姿は確かに美しいのだけど、ひっかかりを感じる瞬間というのがたまに訪れる。
あれはおそらく、美しいかどうか、確信が持てなくなった瞬間なんだろう。
長い長い手足やふくよかさのない身体や隙のない筋肉は、美しくもなれば、そうでなくもなる。
3

2015/8/18  23:43 | 投稿者: 時鳥

「白ヤギさんが空腹で、届いた手紙を食べてしまったのなら、黒ヤギさんに書いた手紙は、なぜ食べなかったのでしょう。」

読んでいる本に、こんな問いが出てきた。
例の、「やぎさんゆうびん」の歌詞の話だ。
言われてみればその通りなんだけど、これまで考えたことがなかった。
読んでいたのは、『憲法のおもしろさ』という大学生向けの入門書で、憲法の考え方や読み方をちょっと変わった角度から説いている。
冒頭の問いもそのひとつで、白ヤギさんと黒ヤギさんがそのような行動に至った理由を著者はちゃんと考えて、謎解きをする。
そんなに深く悲しい理由があったとは、今の今まで知らなんだ。

『憲法のおもしろさ 憲法に欠けているもの余計なもの 改訂版』
山本聡 北樹出版 2013年
1

2015/8/16  23:45 | 投稿者: 時鳥

理系の分野に進みたいのだけど、文系科目の方が成績は良くて、どっちに進めばいいか迷っている、という投書を新聞で見かけた。
今にして思えば、成績が3か5かなんて大した違いじゃなかった。
どっちにしたってほんのわずかのことしか分かっちゃいなかったんだから。
人間には適性というものがあって、致命的に向いていない分野は確かにある。
その方向には絶対に行ってはいけないけれど、そこまででないなら別に進んだって構わないだろう。
世界的な権威にはなれないにしても、大きく成功はしないにしても、目的は達せられるかもしれない。
夢とか才能とか、好きなこととか得意なこととか言うけれど、最終的なポイントは、どれだけ我慢できるか、にあるんじゃないかと思う。
好きだから我慢できることもあれば、好きだから我慢できないこともある。
どれだけ適性に恵まれていても、何かしらの障害や問題は必ず湧いて出る。
好きを原動力に取り組む人もいれば、ほかのことを原動力にする人もいる。不可抗力で逃げられない人もいる。
どれが高級でも低級でもない。
役割さえちゃんと果たせるんなら、中で何を考えていようがどうでもいい。
今となっては、そう思う。数年後にどう思うかはともかく。
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2015/8/15  23:53 | 投稿者: 時鳥

川口市立アートギャラリー・アトリア
「アーティスト・ラボ2 シミュレーションゲーム」

メディアセブン(川口市立映像・情報メディアセンター)
「メディアセブン音楽準備室」

上野動物園
「真夏の夜の動物園」

富岡八幡宮
深川バロン倶楽部奉納「チャロナラン物語」

※動物園というのは、どうしてこう、見だすと止まらないのだろう。
 ホッキョクグマの泳ぎに見とれ、カワセミが魚を取るのを待ち、
 コビトカバが水から顔を出すのを待っていると、
 時間がずんどこさっさと経っていく。
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2015/8/13  23:09 | 投稿者: 時鳥

いろいろなものにバーコードが印刷されている。
バーコードの下にはもれなく数字が印字されていて、下の数字は上のバーコードの内容を表していると、皆知っていて、信じている。
事実、バーコードの読み取りに失敗した場合、数字をテンキーで入力すればレジが通る。

でも本当のところ、同じである必然性はないのだ。
同じ商品に2種類のコードを発行し、バーコード用と手入力用に分けたっていい。
どちらのコードが入力されたかで、バーコードで通したか、手入力で通したかがわかる。

ICカードの定期券の表面に、区間が印字されている。
でも、読み取り機が読むのはその文字ではなく、カードの中に仕込まれたチップの情報なのだ。
チップの中身とカードの表面は、便宜上、同じものにしているに過ぎない。

差し出すこちらが見ているものと、受け取るあちらが見ているものが全然違っていて、あちらが見ているものがこちらには見えない。こちらが見ているものがあちらには見えない。
こちらとあちらの間に、深くて暗い溝が横たわっている。此岸と彼岸の如き断絶。決して触れ合えないふたつの世界。

傍らに口を開けた深淵を覗き込めば恐ろしさを覚える。
けれど、よくよく考えてみれば人間と人間の間柄だって、そんな溝というかすれ違いの中で成り立っているのだった。
理解や誤解を繰り返しつつ、なんだかんだとぴんしゃんと、数千年も数万年も過ごしてきたんだった。そういえば。
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2015/8/11  22:23 | 投稿者: 時鳥

別の事務所にいる人と仕事をしている。
電話やメールで情報伝達は出来るのだが、ちょっとした会話の端々とか、顔色とか、席を立つ頻度とかの些細なことが伝わっていないから、お互いの様子が今ひとつわからない。
瑣末で、どうでもいいことなんだけど、実感ってそういうことから生まれていて、それがないと空気感を共有しにくい。
机の端に鏡みたいなディスプレイがあって、あっちの事務所の机とつながっていればいいのに。
鏡の中の世界みたいな感じで。
電話の代わりに常時接続のテレノイドがむこうとこっちに一人ずついてもいい。
彼に「ねえ」って話しかけると、向こうのテレノイドが私の声で「ねえ」って話し出すのだ。
こっちの事務所の誰が話しかけてもよくて、向こうの事務所の誰が答えてもいい。
1体のテレノイドにたくさんの人が入っていて、中身がしょっちゅう入れ替わる。事務所そのものが擬人化されたようなものだ。
そんな「事務所さん」と仕事をするって、どんな感じがするんだろう。
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2015/8/9  23:12 | 投稿者: 時鳥

パスワードを入力していて、ふと思った。
パスワードは、入力し終わった文字の内容だけを見てチェックをしている。
たとえば「AB1234」というパスワードがあったとして、最初から順番に入力しても、先に「1234」を入力してから最後に頭に「AB」を追加しても、どちらでも正しいと認識される。
どこかからコピー&ペーストしてきても同様だ。

これ、入力動作まで含めてパスワードにしたら、飛躍的にセキュリティがあがると思う。
キープレスなどのイベントを拾えば、必ず出来る。
どのキーをどういう順番で押したかと、結果として入力された文字列の両方でチェックする。
大文字のAでも、シフトキーを押しながら入力したのと、CapsLockキーで大文字に切り替えてから入力したのと、コピー&ペーストで入力したのとでは違うのだ。
入力のリズムをパスワードに含めても良い。この文字を入力した後、1秒以上待ってから次の文字を入力しなければいけないとか。

パスワードに使われる文字なんて70種類くらいしかない。数字だけで構成されるならたった10種類だ。
それだけの文字の組み合わせなんてたかが知れているけれど、そこに動作が絡むなら、何倍にもなる。
発想は単純だし、技術的には大して難しくないはずなんだけど、なぜか聞いたことがない。
人間が覚えにくいからだろうか。
パスワードを破られにくくするにはいい方法だと思うんだけど。
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2015/8/9  22:52 | 投稿者: 時鳥

コニカミノルタプラザ
「日本縦断3つの海」

ICC
「小さなアニメーション劇場」重田佑介+ヒルズ岡本

パークホテル東京
「YOKAI TOUR II」

ギャラリーK
「COMPOSITION 食の風景 山根秀信」

LIXILブックギャラリー
「猛毒あるいは妙薬」講師:森昭彦
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2015/8/7  23:57 | 投稿者: 時鳥

ただの白い紙でも、そこは、モノだから、それぞれに物体としての特徴がある。
特徴があるということは、長所や短所があるということだ。
自分の存在感をひたすら消して、透明に近づこうとする紙がある。
印刷されるものの邪魔をしないよう、マイナスにならないように尽力している。
自己主張が少ないので、大抵の相手とはうまくやっていける。
その一方で、個性を前面に出して、自己主張する紙がある。
印刷されるものにプラスを追加しようとする紙。
載せられるものが限られるけれど、呼吸が合えば何倍かになる。
方向性は逆だけど、どちらの紙も印刷されるものを引き立てようとしていることには違いない。
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