2017/2/27  23:26 | 投稿者: 時鳥

エレベーターが途中の階で止まり、人が乗り込んできた。扉のあちらとこちらで深々とお辞儀をしあっている。
閉じるボタンを長押ししながら、ひょいと、開くボタンを押してみたい衝動に駆られる。
閉まったと思ったドアが予告なしに開いたら、どういう顔になるんだろ、この人たち。
この場面に出くわすたびに同じ衝動に駆られるが、大人の自制心が止めるので、まだ実行したことはない。

扉が閉じると同時に、こちらの人が身を起こした。
扉のあちらも同様だったことは、見なくてもわかる。
見合って見合って、の軍配みたいな扉。
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2017/2/25  10:35 | 投稿者: 時鳥

演奏会の様子を撮影した写真がフリーペーパーに掲載されていた。
許可が取れていないのか、演奏者の顔がぼかされている。
個人の顔立ちは特に知りたくないが、目鼻の位置くらいはないと、見ていて落ち着かない。
顔をぼかす時に代わりに使う、誰の顔でもないアノニマスな顔を用意できないだろうか。
実際の顔の上に貼り付けて隠すための画像。
目鼻立ちはあるけれど、本当のその人の顔ではないことが誰にでもわかる顔、かつ意味づけがあまり含まれない、ニュートラルな顔でなければならない。
能面なんかがいいかもしれない。
わかりやすさで言うなら、おかめとひょっとこなんだけど、お葬式の写真で参列者全員がおかめとひょっとこになるのも、ねえ。
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2017/2/21  23:03 | 投稿者: 時鳥

図書館の本を予約する。
利用者ページにログインすると、今、自分が何番目の予約者なのかわかる。
自分が予約している本の間で貸出順序も設定できて、例えば上巻を借りるまで下巻の予約が回ってこないようにするなんてこともできる。

でも、この制御ってかなり厄介な気がする。
例えば、下巻を予約している人が4人いて、最初の3人は上巻を先に借りるように設定していて、かつ、まだ上巻を借りていなかったとする。
その状況で下巻が1冊返却されたら、その本はどうなるんだろう。

A.1人目の予約者が上巻を借りるまでキープ
B.4人目の予約者に貸し出す

Aだとしたら、本の回転率が悪すぎる。その上、デッドロック問題も起きそうだ。
ならBなら良いかと言うと、BはBで問題がある。
4人目の人は、「前に3人待っているから、まだ順番は回ってこない」と思っているはずだ。ゆっくり他の本を借りていたら、いきなり順番が回って来る。
「あの順番は何だったの?」と思うだろう。私なら思う。
予約順序と貸出可能な順序が食い違っているのに、利用者画面にはひとつの数字しか表示されないから、問題が起きている。
Bは、表示されるのが予約順序だった場合だけど、貸出可能順序が利用者画面に表示されるようにしても、問題は解決しない。
4人目が予約した時、前の3人は上巻を借りていなかったから、4人目は画面の予約順序では1番目になる。
でも、4人目さんが待っている間に1人目さんが上巻を借りたら、4人目さんの予約順序は2番に下がる。
「なんで順位が下がるの?」と思うだろう。私なら思う。
結果として、表示されるのが予約順序でも貸出可能順序でも、利用者からの疑問と不満がカウンターに寄せられる。
予約人数の後ろに括弧書きで貸出可能人数を載せておけば、あちこち納得させやすいはずなんだが。

Aは、順序が動かないという意味でシンプルなんだけど、永遠の待機が発生しかねないので論外。
順序は利用者が各自で設定できるのだから、下巻を先に読みたい人が下巻、上巻の順で予約をしてもいい。
すると、下巻を先に借りたい人に上巻の予約順序が回ってきた場合は上巻をキープし、上巻を先に借りたい人を待たせる。
上巻を先に借りたい人に下巻の順序が回ってきた場合は下巻をキープする。
上巻を先に借りたい人のためにキープされた下巻と、下巻を先に借りたい人のためにキープされた上巻。
どちらも返されないから、どちらかの人が予約を解除するまで、延々と膠着状態が続く。
気付いた図書館員が介入して解除することは出来るだろうけど、それは本来の彼らの仕事ではないだろう。
予約者間の板ばさみになって苦情を受けるのも、苦情が来る前にわざわざ人力でチェックするのも、どちらも余計な仕事だ。

予約貸出順序の設定は、おそらくユーザ側の要望から来たサービスで、それ自体は悪くない。
ただそれが、予約人数表示とならぶと、どうにも不吉に見える。
このふたつの項目から、システムを作る側、図書館側、予約する利用者など、関係各位の苦労や不満が臭い立っていて、背筋がざわざわするのだ。
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2017/2/20  23:46 | 投稿者: 時鳥

朝の山手線に飛び乗る。
ドアが閉まり、左手に提げた鞄を持ち替える。
その時、気付いた。
鞄の角あたりに未使用の使い捨てマスクが引っかかっていた。
自分のものではないから、通りすがりの誰かの荷物から引っ掛けてきてしまったのだろう。
いかにも2月の朝の山手線で起きそうなこと。
どこで引っ掛けてきたか一応は考えてみたが、思い当たる節が多すぎてわからない。
最寄り駅からここまでで、何十人、ひょっとしたら何百人かと袖を触れ合っている。
毎日毎朝のこと。多生の縁とするには、あまりに数が多すぎる。
こんな密集状態で生活する機会が前世であったとはとても思えないのだけど。
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2017/2/16  23:25 | 投稿者: 時鳥

『今どきコトバ事情 現代社会学単語帳』という本を読んでいる。
2016年1月に出版された本で、「現代日本の社会あるいは文化に関連するコトバで、近年よく用いられるもののうち五五語をとりあげた」そうだ。
「異常気象」の項目には、こんな副題が付いていた。
「季節を選ばない時候の挨拶」。
もやもやが、瞬時にクリアになった心地がする。

ちょっと暑かったり寒かったりしただけで「異常気象」と言われるのって、変だなと思ってたのだ。
観測記録史上初、と言われたって、観測記録なんてたかだか百数十年、一方地球は50億年続いているのだ。
百数十年なんて短すぎて、ものさしになるとは信じられない。
でも「異常気象」が挨拶なのだとしたら、いろいろ解決する。
なんかそれっぽい共通認識が培われているってことを、お互いの間で確認できればいいのであって、「異常気象」が本当に異常かどうかなんてことは追求する必要はない。
環境問題や科学みたいな見た目をしているけれど、「異常気象」の話題は感情を共有するために使うのが、会話としてはきっと正解。
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2017/2/14  23:02 | 投稿者: 時鳥

マリー=アントワネットの首席侍女だった女性の評伝。
1752年に平民の家に生まれ、16歳でルイ15世の王女付き朗読係として王宮に上がり、マリー=アントワネットの侍女としてキャリアを重ねて首席侍女まで出世して、最期まで忠実に仕える。
革命後は、女子教育に力を注いで学校を作り、ジョセフィーヌの娘オルタンスやナポレオンの妹たちを教育し、ナポレオンにも深く信頼されて、レジオン・ドヌール教育学院エクアン校の初代校長も拝命する。
本当に聡明で有能で、人間として信頼のおける人だったのだろう。
手紙や回想録の端々から、そのことがよくわかる。
非常に頭のいい人だけど、それ以上に勇気や正義感やバランス感覚、誠実さ、心の温かさといった徳の高さが得がたい。

『カンパン夫人 フランス革命を生き抜いた首席侍女』イネス・ド・ケルタンギ 白水社
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2017/2/11  23:53 | 投稿者: 時鳥

ガラス絵の展覧会を見に行く。
ガラス絵というのはガラスの上に直接絵の具をのせて描いていく絵で、出来上がったら表裏をひっくり返してガラス面から鑑賞する。
普通の絵は顔を描いてから目を描けるけれど、ガラス絵では逆で、目を描いてから顔を描かなければいけない。
後からちょっと書き足したくなっても出来ないのだ。
絵の具をのせる順序が逆で、後で微修正も出来ないってことが描く上で難しい点らしい。

手前にある大事なもの、一番目立たせたいものを真っ先に描く。
それは人間の感覚として、自然なことのように思う。
どっちかと言うと問題は、修正が出来ないってことにあるんだろう。
最初に完璧な細部を描いたつもりでも、背景などをのせていくと思ったとおりの効果が出ていないことに気付く。
大事な部分なので普通の絵なら描き直すのだけど、ガラス絵では直せない。
不自由を感じながら、不完全のまま進んでいく。下手だなあ、と自分で思う。
そしてある時、不完全と不自由が魅力になっていることに、画家は気付く。
その感覚を面白いと感じた人が、ガラス絵作品を残しているんだと思う。
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2017/2/9  22:43 | 投稿者: 時鳥

キーボードからパスワードをぱちぱちと入力する。
この位置にあるキーを叩く、という覚え方をしているので、
何と言う文字を入力しているのか自分でも知らない。
普通の文字なら、画面に出てくる文字を見て何となく覚えるだろうが、
パスワードは伏字になって表示されるから、覚える機会がない。
スマホだの携帯だのから入力せよと言われたら、入力できない自信がある。

よく使うパスワードですらこんなものなので、めったに使わないものは
すっきりと忘れていて、毎回、パスワードリマインダーのお世話になっている。
そして、再設定した端から忘れていく。
知らないものは漏れようがない。
これはこれでいいことなのかも。ってことにしとく。
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2017/2/6  23:49 | 投稿者: 時鳥

東京ステーションギャラリーで所蔵品展を見る。
出口近くにあった、吉村芳生さんの作品の前に立った。
おっかないことをしているなあ、ととっさに思った。

作品の制作手順が明確にマニュアル化されている。
この手法なら、誰が描いても同じものが出来るだろう。
そしてこの手法は、単純作業を、自分の手で延々と繰り返さなければならない。
時間と手間をかけて、鉛筆を動かす。
出来るのは、モノクロ写真の模写のようなもの。
機械の産物を機械的に写す。
「自分」が入る余地などないはずなのに、ある瞬間、そこに確かに「自分」を見つける。
ノイズのように混じる自分に、少なくとも作者は気付く。気づかずにはいられない。
不思議なことに、制約が多ければ多いほど、浮き上がってくるものというのがある。
意識して表現しようとしても一向に出てこないくせに、抑えれば抑えるほど、それは表に顕れる。
どんな自分が出てくるか、本人にもコントロールできない。
無意識の隙間からにじむものを、わざわざ直視しに行っている。

模写でも写経でもそうだろうけど、何かを写すのって、実は相当に恐ろしいことなんだと思う。
自分を捨てて、無心になっているはずなのに、端々に自分がにじむ。
はみ出した部分に宿る自分に、慄然とする。
あらぬ角度から写された自分の写真を見てしまったような。
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2017/2/3  23:27 | 投稿者: 時鳥

並河靖之七宝展にて。
「瑞獣文水指」というキャプションの付いた器を、にこにこと眺める。
明治3年ごろの作品で、作者欄には「梶常吉に帰属」とある。
最終的な責任者は梶常吉だけど、大勢の力で作ったのだろう。
低い円筒形で、緑色っぽい表面に九尾の狐のようなドラゴンのような瑞獣が四足を踏ん張っている。

表面にはぽつぽつ穴があいているし、色合いもくすんでいて、クリアではない。
技術的には未熟で、欠点はいくらでもある。
でも、とても魅力的で、見ているだけで何か楽しい。
作っている人たちがわくわくしていて、その気持ちが伝わってくるみたいだ。
こんなのできるかな、と考えて、試行錯誤を重ねて、最後にこれが窯の中から出てくる。
自分で作っておきながら、もう魔法みたいに思えたんじゃないだろうか。
舶来の七宝への憧れや、瑞獣に向けた想像力、身に染み込んだ日本の意匠や色彩。
ぜんぶ一緒くたにして煮詰めて散りばめて、結晶した結果がこれ。
まるで異世界から突如降って来たみたいな、誰にも似ていない不思議な器。
日本人が見たら「西洋はこんなところか」と思い、西洋人が見たら「日本とはこんなところか」と思い、互いに互いを夢想する。
愛すべき、という意味で可愛くて、心がときめく。

参考)
所蔵するヴィクトリア・アンド・アルバート博物館のサイト
http://collections.vam.ac.uk/item/O119807/lidded-jar-kaji-tsunekichi/
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2017/2/1  23:44 | 投稿者: 時鳥

東京都庭園美術館で、並河靖之七宝展を見る。
欧米向けの輸出用美術工芸品が盛んに作られた明治時代に、有線七宝で名声を博したのが京都の武家出身の並河靖之だ。
会場には名作の数々がずらりと並び、息を詰めて細かな細工に見入る。

けれど、年代を追って見ていくうちに、「あれ?」と思う。
あくまで印象なんだけど、この人、明治維新がなかったら七宝とも工芸とも無縁の生涯を送ったかもしれない。武家として宮様に仕えて、洗練した趣味を時々は役立てて、平凡な一生を過ごしたような気がする。
芸術家ではなく、職人であり商人であり、ビジネスとして七宝作品を作っているように見える。
注文制作も多かったようだけど、きっとこの人は、納期を守って予算の範囲内で作品を仕上げたと思う。腰が低く、アフターサービスもちゃんとしている。
真面目で、クライアントの求めているものを理解していて、良くも悪くも期待を裏切らない。
出来不出来の波が少なく、誰が見ても美しいと感じる作品ばかりだから、安心して贈り物に使える。
時代と共に精緻に洗練されていき、評判が高まっていくけれど、代わりに意外性がなくなっていく。過去に評判が良かったものを再生産しているみたいになってくる。
自分の作りたい作品でなく、お客様が欲しがる作品を作ろうと心がけて、その方向に徹した職人だったのだろう。
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