2017/12/31  15:28 | 投稿者: 時鳥

メノッティのオペラ「領事」を見る。
10年以上前からずっと観たいと思っていた作品だ。
東京文化会館の音楽資料室で新着ソフト一覧を何気なく眺めていたところ、
このタイトルが目に飛び込んで、瞬間的に飛びついた。

1950年フィラデルフィアで初演され、その年のピュリッツァー賞を受賞した。
台本は英語で、作曲者自身が書いている。
舞台は現代ヨーロッパのどこかの国。
主人公は反政府活動家ジョン・ソレルの妻、マグダ。31歳。姑と赤ん坊の息子との4人暮らし。
夫が秘密警察に追われる身になったところから話は始まる。
夫は隣国に亡命し、マグダは大使館に保護を求める。
必死に窮状を訴えるが、大使館の秘書はいたって事務的な対応しかしない。
待合室には、待たされて待たされて、絶望的な顔つきをした人間があふれている。
その日からマグダも一因に加わった。

今日も世界のどこかで起きていそうなことだ。
この秘書が、特別に酷い人間と言う訳ではない。もうすこし親切でも罰は当たらないとは思うが、この人はただの事務員なのだ。困った人の役に立ちたいと思ってこの職に就いたのではなく、書類仕事を片付けるために就職したのが、不運にもここだったのだ。
彼女にとっても、訪れる人にとっても不運なことだった。
ただの事務員なのに、毎日毎日、切羽詰った人に詰め寄られて、頼みの綱とばかりにすがり付かれる。重い身の上話を聞かされる。
そんなこと言われたって私には何の権限もない、と言いたいだろう。
いちいち親身になっていたら、身が持たないだろう。
事務的に処理する彼女を、私は一概には責められない。
こうして、待合室には諦めと絶望と、かすかな希望が充満する。

待っている間も、事態は転がる。悪いほうにばかり。
息子が飢えて凍えて死に、姑も死んだ。
ひとり、待合室で待ち続け、たまりにたまった胸の思いをついに秘書に向かってぶちまける。
この作品の魂とも言うべき長大なモノローグは気迫に満ち満ちていて、血を吐く様な叫びが胸に迫る。
流石の秘書も心動かされて、マグダは領事と面会できることになるのだが、領事が直前まで面会していた客と言うのがあの秘密警察の男だったことを知って、気絶してしまう。

マグダの先行きは暗い。待合室で待っていたほかの面々も、大なり小なり似たようなものだろう。
紙切れで人の運命が動く。
切羽詰った人には、このシステムをどうすることも出来なくて、神経をすり減らしながら待って、駆けずり回る。
システムをどうにかできるかもしれない人は、切羽詰っていないし、システムを変えるのは大変だから、手を出したりしない。
そうして何十年もたった今、この瞬間にも世界には無数のマグダがいて、八方ふさがりの中でもがいている。
こんなオペラはさっさと時代遅れになればいいのに、ならなければいけないのに、そうなる気配はちっともない。

「領事」1963年収録
指揮:フランツ・バウアー=トイセル
マグダ・ソレル:メリッタ・ムゼリー
ジョン・ソレル:エバハルト・ヴェヒター
母:レス・フィッシャー
秘書:グロリア・レーン
秘密警察:ウィリー・フレンツ
2

2017/12/26  22:42 | 投稿者: 時鳥

化粧水は、冷蔵庫のドアポケットが定位置だ。
隣には醤油とつゆの素があって、風呂あがりにボトルを傾けるたび、
つゆが出てくるんじゃないかとかすかにおっかなびっくりしている。

歯磨き粉と洗顔料は似た大きさのチューブ入りで、同じ場所に置いてある。
こちらも使うたびに脅えている。
幸いにも、まだ一度も取り違えたことはない。

どうしてこんな危なっかしいことをしているのか。
よくよく考えると、わざと紛らわしい配置にしてスリルを楽しんでいるような
気がしてきた。
紛らわしいのに間違えないのは、多分、紛らわしいと言うことを
いつも意識して恐れているからだと思う。
間違えるはずがない、と思ったら、きっと時々間違えるようになるのだろう。
2

2017/12/23  7:21 | 投稿者: 時鳥

年末年始のための本を探して、図書館の検索ページを行ったり来たりしている。
手元にある読みたい本のリストから、書名を使って検索しているのだが、
その時、書名を完全には入力せず、あえて一部分だけ入力していることがあるのに気付いた。
この方法だと、目的とは違う本もひっかかる。
元の本より面白そうな本が出てきて、結局そちらを借りることもある。
余計な検索結果は一般的にはノイズとみなされるのだろうが、
私にとってはノイズが偶然の出会いにつながっている。

中途半端な検索は、ほとんど無意識に行っていたことで、
どうしてそんなことをしているのか自分でも気づいていなかった。
「検索だと、書棚で探すのと違って、偶然の出会いが起きない」というのが
検索に対する長年の不満だった。
不満のあまり、検索で偶然を起こす方法を勝手に編み出していたらしい。
3

2017/12/19  22:07 | 投稿者: 時鳥

毎朝、ホームの同じ場所に立って電車を待っている。
今朝はハトが3羽、線路の上の電線に止まっていた。
いつも同じ3羽なのだろう。よく電線で人間ドラマ、というか、
ハトドラマを繰り広げている。

見たところ、1羽がメスで2羽がオス。
2羽のオスはどちらもメスとお近づきになりたくて、
お互いにけん制しあっている。
ハトは片方が明らかに強くて、弱い方を追い払おうとする。
とはいえ、弱いハトも簡単には立ち去らない。
強いハトを回避しながら、何とかしてメスに近づこうとする。
メスのハトはどちらにもそんなに興味がない。
我関せずとばかりに涼しい顔でたたずんでいる。

電車を待つ数分の間に、トムとジェリーみたいな定番のやり取りが
毎朝のように交わされて、時々吹き出しそうになりながら
電線を熱心に見上げて観戦している。
これから満員電車に押し込められるというのに、電線を見上げて
何故か楽しげな会社員。
傍からはちょっと奇妙な人に見えているかもしれない。

2

2017/12/13  21:56 | 投稿者: 時鳥

近くに立っている人がスポーツ新聞を読んでいた。
朝の通勤電車でのことである。
下半分が求人欄になっていて、ちょうど目に入る位置にある。
見るとはなしに見る。
見事なくらいに、土木作業員ばかりだった。
カルチャーショックを覚える。

実家で取っていた新聞には、事務員とか寮母とか管理人とかの
募集が載っていた記憶がある。
少なくとも、土木関係で埋め尽くされている求人欄は
これまでの人生で見たことがなかった。
もしかしたら今回が特殊で、普段は違う求人なのかもしれない、
と思って、図書館で過去の同紙をめくってみた。
麻雀、警備、土木の順にカテゴライズされた求人欄がそこにはあった。

求人欄ひとつから、世界観の違いが垣間見える。
別の世界がこんな近くに転がっているとは、今の今まで知らなかった。
どちらの新聞を読む人も、自分の新聞の求人欄が世間一般の普通だと
思っているのだろう。
でも本当は、どちらも世界の一断面に過ぎなくて、多様な層が偏在する。
見えているのはほんの一部でしかないのに、自分が見ているのが全部だと、
誰もがついつい信じ込んで毎日生きている。

3

2017/12/10  23:07 | 投稿者: 時鳥

朝から昼近くまで、窓際のひなたでうだうだだらだらと過ごし、
昼過ぎから電車に乗って外出する。
普段なら気にもかけないことがやたらと目に付く。
あ、これは感覚が開き過ぎているのだな、と気づいて、
頭の中にがま口を用意する。
感触と音をイメージして、ぱちん、と閉じると気に触るものが激減した。
自宅のような刺激の少ない場所で過ごしている時の感覚のまま
人ごみに出ると、こういうことが起きる。
逆に、自宅に戻っても閉じたままになっていることもあるのだが、
そちらは問題というほどの問題は起きない。
しばしば、自分でも気づかず放置されるが、閉じた状態が続くと
何となく風通しが悪くなり、気が沈みやすくなる。
開けるのも閉めるのも基本的には自動制御機能があるのだが、
うまく働いていない時は手動で開閉する。
開ける時も、やはり感触と音が伴う何かをイメージして開ける。
缶切りとか電灯のスイッチとかジップロックとか錠前とか。

2

2017/12/9  22:27 | 投稿者: 時鳥

天気がよく、あちらでもこちらでも布団だのシーツだのを干せるだけ干している。
知らない道を歩きながら、癖のある干し方についつい感心する。

シーツの干し方をきっかけに尋ね人を見つけるって、そんな話はできないだろうか。
小督局が琴の音で見出されたように。
オー・ヘンリーの「アラカルトの春」が、タイピングの癖と誤字で恋人達を再会させたように。

峰のあらしか松風か 尋ぬる人の琴の音か
2回ひねったシーツの干し様
紛うことなき何がし某の隠れ家なり

(なんか仇討ちっぽくなっちゃった)


12/10追記:
誤記修正しました。
紅葉→松風
アガサ・クリスティ→オー・ヘンリー
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2017/12/4  21:47 | 投稿者: 時鳥

今年も残すところ、1ヶ月を切った。
最近、毎日のように「日本アニメーション映画クラシックス」のサイトに行っている。
日本アニメーション誕生100周年を記念して公開されたサイトで、
戦前の日本のアニメーションがたっぷり視聴できる。もちろん無料。

しかしこのサイト、今年の年末までの試験運用というかたちで
始まっているため、来年以降は見られる保証がない。
そこで今、駆け込みで次々に作品を見ている。
今は、村田安司の作品を片っ端から見ている。
切り紙アニメーションの作家で、1927年の「猿蟹合戦」がデビュー作。
このデビュー作がぶっとんでいて、そこからのめりこんだ。
蟹の子供は最初の場面から奇天烈な動きをするし、
蟹のお父さんは蟹走りで度肝を抜く。
猿蟹合戦がこんなにちゃんと面白いとは思わなかった。

動きを描くのが上手な人で、動物キャラクターが動き回る作品では
常に予想の斜め上を行く動きが用意されていて、とても楽しい。
「動物オリムピック大会」「漫画 おい等のスキー」がお気に入り。
切り紙ということは一枚一枚切り抜いているはずなのだが、
線が生き生きとしていて、切り絵だとはとても信じられなくなる。

日本アニメーション映画クラシックス
http://animation.filmarchives.jp/index.html

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