2018/2/27  22:33 | 投稿者: 時鳥

直前の記事で自室にある辞書類のタイトルを挙げたのだけど、
挙げているうちに来歴を書いてみたくなった。
というわけで、しばらく辞書の話を続けることにする。

まず最初に取り上げるのは、
三省堂の『デイリーコンサイス国語辞典』。
辞書は様々あれど、紙の国語辞典はこの部屋にこの1冊しかなかった。
縦15.5cm、横8cmの細身の国語辞典で、約7万語を収めている。

高校生の頃に持ち歩く辞書が欲しくて買った。
ちょうど制服のスカートのポケットに入る大きさで、いつもポケットに入れていた。
箱とビニールのカバーがついていて、当初は箱ごとポケットに入れていたが、
今では剥き身の辞書だけがある。
本文は、そういえば横書きで、当時は横書きの国語辞典は珍しかったような気がする。
曖昧な書き方になるのは、ずいぶん昔の話だし、今では自分にはこの辞書が
当たり前になりすぎていて、普通なのか異常なのかわからなくなっているからだ。
さすがに近年は持ち歩くことはなくなったが、机の側に定位置を占めていて、
手書きの最中に送り仮名や漢字がわからなくなるとすぐに出てくる。
小さな古い辞書なので、載っていないことはもちろんたくさんあるけれど、
普通のことを普通に調べる分には、十分、用が足りる。
だから、紙の国語辞典がこれだけなのだろう。
小さくて邪魔にならないし、片手で楽に扱えるところが便利なので、
もうこのまま一生使い続けるんじゃないかと思う。
2

2018/2/25  21:13 | 投稿者: 時鳥

リファレンス本の多い部屋だと言う自覚はある。
学生時代から辞書類が好きで、自然に集めていた。
実家を出る時、小説類はほとんど置いてきたが、調べ物の本は手放せないものが多かった。
でも、具体的に何がどれだけあるかとなると、自分でもよくわかっていない。
「20種類はあるはずだけど・・・」と、指折り数えては途中でわからなくなるのが常だった。
このたび思い立って、現在、自室にある辞典類を棚卸してみた。

見つかったのは、紙の辞典類が47種類、電子版が6種類。
具体的な書名(と出版社と発行年)は末尾のリストを参照。
思ったより、少々多かった。

ほかに、高校時代の国語要覧、世界史と日本史の図説、地図帳も頻繁に使っている。
辞書ではないけれど辞書のように使っている本もあって、
辞書とそうでない本の線引きに困った。
物事を項目別に列挙、説明していて、索引が付いているか、項目が決まった
順序で整理されている本を便宜上、「辞書類」と呼ぶことにしたけれど、
どちらに入るか微妙な本がやはり発生する。
なお、地図やガイドブックは基本的に入れていない。


紙の辞典類:47種
『デイリーコンサイス国語辞典』三省堂 1991年
『類語国語辞典』角川書店 1985年
『角川漢和中辞典』角川書店 1959年
『新版 漢語林』大修館書店 1994年
『新 歳時記』(全5冊) 河出書房 1989年
『古語辞典』講談社 1979年
『三省堂ポケット四字熟語辞典』三省堂 2000年
『故事ことわざ辞典』旺文社 1984年
『「死語」コレクション』講談社 1996年
『空の名前』光琳社出版 1992年
『評解 名句辞典』創拓社 1990年
『ジーニアス英和辞典』大修館書店 1988年
『絵でひく英和大図鑑 ワーズ・ワード』同朋舎出版 1993年
『THE OXFORD MINIDICTIONARY OF FIRST NAMES』1986年
『英語歳時記 雑』研究社 1969年
『マザー・グース事典』北星堂書店 1986年
『新仏和中辞典』白水社 1982年
『新伊和辞典』白水社 1981年
『アルファ独和辞典』三修社 1989年
『新華字典』商務印書館 1998年
『理科年表』丸善 2011年
『街・里の野草』小学館 1997年
『生物事典 四訂版』旺文社 2003年
『宝石の写真図鑑』日本ヴォーグ社 1996年
『色の名前ポケット図鑑』主婦の友社 1994年
『色の手帖』小学館 1987年
『資料 日本歴史図録』柏書房 1992年
『たべもの日本史総覧』新人物往来社 1992年
『昔話・伝説必携』学燈社 1991年
『図説・日本未確認生物事典』柏書房 1994年
『図解服飾用語辞典』鎌倉書房 1970年
『洋服地の事典』みずしま加工 1981年
『染織標本集 上』日本和装教育協会 1985年
『四訂 食品成分表』実教出版
『食材がわかる本』講談社 1995年
『カクテルポケット図鑑』主婦の友社 1996年
『オペラ・オペレッタ名曲選』音楽之友社 1993年
『バレエ101物語』新書館 1998年
『バレエ・ダンサー201』新書館 2009年
『ベッドサイドの数値表 第2版』学習研究社 1990年
『看護技術プラクティス 第2版』学習研究社 2009年
『家庭の医学 緊急編』大創出版 2011年
『税務・法務必携データポケットBOOK』清文社 2008年
『いざというときの手続きハンドブック』PHP研究所 2007年
『新・手話辞典』中央法規出版 1992年
『超訳「哲学用語」事典』PHP研究所 2011年
『HTMLタグ辞典 第4版』翔泳社 2001年

パソコン内辞典(電子ブック版、CD−ROM版):6種
『国語大辞典(新装版)』小学館 1988年
『プログレッシブ英和中辞典 第3版』小学館 1998年
『プログレッシブ和英中辞典 第2版』小学館 1993年
『広辞苑(第四版)』岩波書店 1991年
『逆引き広辞苑』岩波書店
『新英和・和英中辞典』研究社 1994年

準リファレンス本(辞書ではないが辞書のように使っている本)
『日本庭園の伝統施設』東京農大出版会 2001年
『モチーフで読む美術史』筑摩書房 2013年
『京都服飾文化研究財団コレクション ファッション 18世紀から現代まで』タッシェン・ジャパン 2002年
『図説 イギリスの生活誌』原書房 1989年
『道具が語る生活史』朝日新聞社 1989年
『世界の民族衣装』平凡社 1985年
『200CD&LD オペラの発見』立風書房 1995年
『これだけは見ておきたいバレエ』新潮社 1996年


【3月3日追加】
紙の辞典類:47種→48種
『紋切型辞典』岩波書店 2000年
準リファレンス本
『十八世紀パリ生活誌』岩波書店 1989年

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2018/2/23  22:36 | 投稿者: 時鳥

重箱の隅は人によって違うところにあるのだなあ、
と、つくづく、しみじみ思う。
全員の要求を充たしたら、もう重箱じゃなくなっちゃうような気も、まあ、しなくはない。
1

2018/2/11  21:33 | 投稿者: 時鳥

歯医者に行く。
診察台の椅子が後ろに倒され、視線が上がる。
蛍光灯と天井の掃除が欠かせない場所のリストを考えるとき、
歯科医院というのはリストのかなり上位に位置すると思う。
働く人には見えないけれど、来客には見える。
一般住宅で言うなら、ドアホンやノッカーなんかが相当する。
掃除する人は使わず、使う人は掃除しない。
2

2018/2/8  6:58 | 投稿者: 時鳥

本が広げられないほど混んでいるので、仕方なく側に立っている人のコートを観察する。
千鳥格子のコート。英語では"hound's-tooth check"。犬の歯のチェック柄。
何度見ても犬の歯には見えない。見ようと努力すれば、千鳥が飛んでいるようには見える。
でも耳みたいなものが飛び出ているから、むしろ蝙蝠のシルエットに似ている。
dandelionは、たんぽぽのぎざぎざの葉っぱをライオンの葉に見立てた命名で、実際のライオンの歯並びと比べると首を傾げざるをえないが、言わんとすることは分かる。
ヨーロッパってなんだかんだとライオンのマークを使うけれど、野生のライオンっていつまで生息していたんだろう。
古代ローマ時代のイタリア半島なら、何となくいてもおかしくないイメージ。

とか考えるうちに、目的の駅に着いた。

本がなければ世界を読めばいいじゃないの。

と、どっかの王妃様みたいなことを考える。
本は本で必要で、世界の観察からだけでは読み取れないものがたくさん詰まっていて、
何より好きだから読むけれど。
2

2018/2/2  5:43 | 投稿者: 時鳥

ルー・ハリソンのガムラン・コンチェルトを聴きに行く。
ルー・ハリソンは1917年生まれのアメリカ人の作曲家で、ガムランのための曲やガムランと西洋楽器によるコンチェルトをたくさん作った。
今回は、ピアノとジャワガムランのための協奏曲をメインに、サクソフォン、トランペットとの合奏が1曲ずつと、バイオリン+チェロの二重協奏曲を取り上げた演奏会だった。

初めて知ったのだが、ガムランには標準ピッチが存在しないのだそうだ。
ガムランの楽器セットは、青銅製打楽器を中心に十数種の楽器を集めた一種のオーケストラと呼べるものだが、楽器セットごとに音高が異なっていると言う。
楽器セット内では調和が取れているのだろうが、楽器セット間では調和が取れない可能性がある。
例えばあの楽器セットのグンデルと、この楽器セットのグンデルを並べて、同じ場所を叩いても違う音がしてしまう。
同じ種類の楽器なら必ず同じ高さに調律される西洋音楽の世界からすれば、耳を疑うような話だろう。

それでも、弦楽器のように演奏者がその場で音の高さを決める楽器ならガムランと合わせることは出来る。
だがピアノは、最初から決まったピッチで調律されている。
普通に考えればそんなピアノとガムランが一緒に演奏しても合うわけがない。
ただし、ガムランに合わせてピアノを調律しなおすなら話は別だ。
今回は、共演するガムランセットに合わせて、ピアノを調律変更したそうだ。
こんな音楽が聴ける機会はめったにない。わくわくと開演を待つ。

聴いたことのない音がピアノから飛び出した。
中間色の割り切れない音。普段のピアノとは違う、東洋に歩み寄った音だけど、それでもガムランとは溶け合わない。
油膜のようなものが両者を分離している。
でも、ドレッシングのように混ざり合っている。

ガムランの中央には、クンダンという皮張りの太鼓がいて、これの朴訥な音に導かれて金属の楽器が賑やかに歌う。
旋律とリズムが繰り返される。それは、めぐる時間を思わせる。
冬の後には春が訪れる。毎年が同じで、毎年が新しい。
ガムランの音楽はそんな風に、何度も同じ場所を通っているように聞こえる。
時間が回って、元の場所に戻るように。輪廻の輪のように。
年年歳歳花相似たり。去年とは違う花が咲いて、去年と同じように春が来る。
同じ旋律がまたやってきて、前の旋律の上に螺旋を描きながら積み重なり、空間をこんこんと満たす。

そんなガムランの音の層に、ピアノが切り込む。
ピアノの音は、西洋音楽の音は、前へと進む。
さっきと今は違う時間で、音はどこまでも個人のものだ。
時間と自他についての考え方が、ガムランとは根本的に違う。
二種類の違う時間が同時進行し、お互いを引き立てあい、引き寄せあう。
空想をそそる、お伽話のような音楽がそこには生まれていた。

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