2018/2/27  22:33 | 投稿者: 時鳥

直前の記事で自室にある辞書類のタイトルを挙げたのだけど、
挙げているうちに来歴を書いてみたくなった。
というわけで、しばらく辞書の話を続けることにする。

まず最初に取り上げるのは、
三省堂の『デイリーコンサイス国語辞典』。
辞書は様々あれど、紙の国語辞典はこの部屋にこの1冊しかなかった。
縦15.5cm、横8cmの細身の国語辞典で、約7万語を収めている。

高校生の頃に持ち歩く辞書が欲しくて買った。
ちょうど制服のスカートのポケットに入る大きさで、いつもポケットに入れていた。
箱とビニールのカバーがついていて、当初は箱ごとポケットに入れていたが、
今では剥き身の辞書だけがある。
本文は、そういえば横書きで、当時は横書きの国語辞典は珍しかったような気がする。
曖昧な書き方になるのは、ずいぶん昔の話だし、今では自分にはこの辞書が
当たり前になりすぎていて、普通なのか異常なのかわからなくなっているからだ。
さすがに近年は持ち歩くことはなくなったが、机の側に定位置を占めていて、
手書きの最中に送り仮名や漢字がわからなくなるとすぐに出てくる。
小さな古い辞書なので、載っていないことはもちろんたくさんあるけれど、
普通のことを普通に調べる分には、十分、用が足りる。
だから、紙の国語辞典がこれだけなのだろう。
小さくて邪魔にならないし、片手で楽に扱えるところが便利なので、
もうこのまま一生使い続けるんじゃないかと思う。
2

2018/2/25  21:13 | 投稿者: 時鳥

リファレンス本の多い部屋だと言う自覚はある。
学生時代から辞書類が好きで、自然に集めていた。
実家を出る時、小説類はほとんど置いてきたが、調べ物の本は手放せないものが多かった。
でも、具体的に何がどれだけあるかとなると、自分でもよくわかっていない。
「20種類はあるはずだけど・・・」と、指折り数えては途中でわからなくなるのが常だった。
このたび思い立って、現在、自室にある辞典類を棚卸してみた。

見つかったのは、紙の辞典類が47種類、電子版が6種類。
具体的な書名(と出版社と発行年)は末尾のリストを参照。
思ったより、少々多かった。

ほかに、高校時代の国語要覧、世界史と日本史の図説、地図帳も頻繁に使っている。
辞書ではないけれど辞書のように使っている本もあって、
辞書とそうでない本の線引きに困った。
物事を項目別に列挙、説明していて、索引が付いているか、項目が決まった
順序で整理されている本を便宜上、「辞書類」と呼ぶことにしたけれど、
どちらに入るか微妙な本がやはり発生する。
なお、地図やガイドブックは基本的に入れていない。


紙の辞典類:47種
『デイリーコンサイス国語辞典』三省堂 1991年
『類語国語辞典』角川書店 1985年
『角川漢和中辞典』角川書店 1959年
『新版 漢語林』大修館書店 1994年
『新 歳時記』(全5冊) 河出書房 1989年
『古語辞典』講談社 1979年
『三省堂ポケット四字熟語辞典』三省堂 2000年
『故事ことわざ辞典』旺文社 1984年
『「死語」コレクション』講談社 1996年
『空の名前』光琳社出版 1992年
『評解 名句辞典』創拓社 1990年
『ジーニアス英和辞典』大修館書店 1988年
『絵でひく英和大図鑑 ワーズ・ワード』同朋舎出版 1993年
『THE OXFORD MINIDICTIONARY OF FIRST NAMES』1986年
『英語歳時記 雑』研究社 1969年
『マザー・グース事典』北星堂書店 1986年
『新仏和中辞典』白水社 1982年
『新伊和辞典』白水社 1981年
『アルファ独和辞典』三修社 1989年
『新華字典』商務印書館 1998年
『理科年表』丸善 2011年
『街・里の野草』小学館 1997年
『生物事典 四訂版』旺文社 2003年
『宝石の写真図鑑』日本ヴォーグ社 1996年
『色の名前ポケット図鑑』主婦の友社 1994年
『色の手帖』小学館 1987年
『資料 日本歴史図録』柏書房 1992年
『たべもの日本史総覧』新人物往来社 1992年
『昔話・伝説必携』学燈社 1991年
『図説・日本未確認生物事典』柏書房 1994年
『図解服飾用語辞典』鎌倉書房 1970年
『洋服地の事典』みずしま加工 1981年
『染織標本集 上』日本和装教育協会 1985年
『四訂 食品成分表』実教出版
『食材がわかる本』講談社 1995年
『カクテルポケット図鑑』主婦の友社 1996年
『オペラ・オペレッタ名曲選』音楽之友社 1993年
『バレエ101物語』新書館 1998年
『バレエ・ダンサー201』新書館 2009年
『ベッドサイドの数値表 第2版』学習研究社 1990年
『看護技術プラクティス 第2版』学習研究社 2009年
『家庭の医学 緊急編』大創出版 2011年
『税務・法務必携データポケットBOOK』清文社 2008年
『いざというときの手続きハンドブック』PHP研究所 2007年
『新・手話辞典』中央法規出版 1992年
『超訳「哲学用語」事典』PHP研究所 2011年
『HTMLタグ辞典 第4版』翔泳社 2001年

パソコン内辞典(電子ブック版、CD−ROM版):6種
『国語大辞典(新装版)』小学館 1988年
『プログレッシブ英和中辞典 第3版』小学館 1998年
『プログレッシブ和英中辞典 第2版』小学館 1993年
『広辞苑(第四版)』岩波書店 1991年
『逆引き広辞苑』岩波書店
『新英和・和英中辞典』研究社 1994年

準リファレンス本(辞書ではないが辞書のように使っている本)
『日本庭園の伝統施設』東京農大出版会 2001年
『モチーフで読む美術史』筑摩書房 2013年
『京都服飾文化研究財団コレクション ファッション 18世紀から現代まで』タッシェン・ジャパン 2002年
『図説 イギリスの生活誌』原書房 1989年
『道具が語る生活史』朝日新聞社 1989年
『世界の民族衣装』平凡社 1985年
『200CD&LD オペラの発見』立風書房 1995年
『これだけは見ておきたいバレエ』新潮社 1996年


【3月3日追加】
紙の辞典類:47種→48種
『紋切型辞典』岩波書店 2000年
準リファレンス本
『十八世紀パリ生活誌』岩波書店 1989年

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2018/2/23  22:36 | 投稿者: 時鳥

重箱の隅は人によって違うところにあるのだなあ、
と、つくづく、しみじみ思う。
全員の要求を充たしたら、もう重箱じゃなくなっちゃうような気も、まあ、しなくはない。
1

2018/2/11  21:33 | 投稿者: 時鳥

歯医者に行く。
診察台の椅子が後ろに倒され、視線が上がる。
蛍光灯と天井の掃除が欠かせない場所のリストを考えるとき、
歯科医院というのはリストのかなり上位に位置すると思う。
働く人には見えないけれど、来客には見える。
一般住宅で言うなら、ドアホンやノッカーなんかが相当する。
掃除する人は使わず、使う人は掃除しない。
2

2018/2/8  6:58 | 投稿者: 時鳥

本が広げられないほど混んでいるので、仕方なく側に立っている人のコートを観察する。
千鳥格子のコート。英語では"hound's-tooth check"。犬の歯のチェック柄。
何度見ても犬の歯には見えない。見ようと努力すれば、千鳥が飛んでいるようには見える。
でも耳みたいなものが飛び出ているから、むしろ蝙蝠のシルエットに似ている。
dandelionは、たんぽぽのぎざぎざの葉っぱをライオンの葉に見立てた命名で、実際のライオンの歯並びと比べると首を傾げざるをえないが、言わんとすることは分かる。
ヨーロッパってなんだかんだとライオンのマークを使うけれど、野生のライオンっていつまで生息していたんだろう。
古代ローマ時代のイタリア半島なら、何となくいてもおかしくないイメージ。

とか考えるうちに、目的の駅に着いた。

本がなければ世界を読めばいいじゃないの。

と、どっかの王妃様みたいなことを考える。
本は本で必要で、世界の観察からだけでは読み取れないものがたくさん詰まっていて、
何より好きだから読むけれど。
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2018/2/2  5:43 | 投稿者: 時鳥

ルー・ハリソンのガムラン・コンチェルトを聴きに行く。
ルー・ハリソンは1917年生まれのアメリカ人の作曲家で、ガムランのための曲やガムランと西洋楽器によるコンチェルトをたくさん作った。
今回は、ピアノとジャワガムランのための協奏曲をメインに、サクソフォン、トランペットとの合奏が1曲ずつと、バイオリン+チェロの二重協奏曲を取り上げた演奏会だった。

初めて知ったのだが、ガムランには標準ピッチが存在しないのだそうだ。
ガムランの楽器セットは、青銅製打楽器を中心に十数種の楽器を集めた一種のオーケストラと呼べるものだが、楽器セットごとに音高が異なっていると言う。
楽器セット内では調和が取れているのだろうが、楽器セット間では調和が取れない可能性がある。
例えばあの楽器セットのグンデルと、この楽器セットのグンデルを並べて、同じ場所を叩いても違う音がしてしまう。
同じ種類の楽器なら必ず同じ高さに調律される西洋音楽の世界からすれば、耳を疑うような話だろう。

それでも、弦楽器のように演奏者がその場で音の高さを決める楽器ならガムランと合わせることは出来る。
だがピアノは、最初から決まったピッチで調律されている。
普通に考えればそんなピアノとガムランが一緒に演奏しても合うわけがない。
ただし、ガムランに合わせてピアノを調律しなおすなら話は別だ。
今回は、共演するガムランセットに合わせて、ピアノを調律変更したそうだ。
こんな音楽が聴ける機会はめったにない。わくわくと開演を待つ。

聴いたことのない音がピアノから飛び出した。
中間色の割り切れない音。普段のピアノとは違う、東洋に歩み寄った音だけど、それでもガムランとは溶け合わない。
油膜のようなものが両者を分離している。
でも、ドレッシングのように混ざり合っている。

ガムランの中央には、クンダンという皮張りの太鼓がいて、これの朴訥な音に導かれて金属の楽器が賑やかに歌う。
旋律とリズムが繰り返される。それは、めぐる時間を思わせる。
冬の後には春が訪れる。毎年が同じで、毎年が新しい。
ガムランの音楽はそんな風に、何度も同じ場所を通っているように聞こえる。
時間が回って、元の場所に戻るように。輪廻の輪のように。
年年歳歳花相似たり。去年とは違う花が咲いて、去年と同じように春が来る。
同じ旋律がまたやってきて、前の旋律の上に螺旋を描きながら積み重なり、空間をこんこんと満たす。

そんなガムランの音の層に、ピアノが切り込む。
ピアノの音は、西洋音楽の音は、前へと進む。
さっきと今は違う時間で、音はどこまでも個人のものだ。
時間と自他についての考え方が、ガムランとは根本的に違う。
二種類の違う時間が同時進行し、お互いを引き立てあい、引き寄せあう。
空想をそそる、お伽話のような音楽がそこには生まれていた。

3

2018/1/30  22:14 | 投稿者: 時鳥

去年1年に見た短編アニメーションは、200本を下らないはず。
ちゃんと記録していないから、正確な本数は不明。

まず5本。
「I Have Dreamed Of You So Much」Emma Vakarelova
「What Is Your Brown Number?」Vinee Ann Bose 2015年
「A love Story」Anushka Kishani Naanayakkara
「イメージを作る」ニーナ・サブナニ 2016年
「大丈夫だよ」鈴木沙織 2017年

次の4本。
「ロープ・ダンス」ライムント・クルメ 1986年
「15秒デミ〜ル」水野早希 2017年
「サティのパラード」山村浩二 2016年
「OBSCURE MEALS」河野成大 2017年

1月のうちに、タイトルだけでも滑り込ませる作戦。
1

2018/1/28  22:06 | 投稿者: 時鳥

この1週間というもの、東京を寒波が襲っている。
毎日、最低気温が氷点下を記録し、毎朝、土のあるところには霜柱ができている。

真冬日が始まって2日目ぐらいには、ネットニュースに日比谷公園の鶴の噴水が掲載された。
鶴の噴水は、雲形池の真ん中に立っている鶴の彫像だ。
翼を広げ、天を仰いだくちばしから水を吐いている。
こう寒くなると鶴の翼に氷柱が下がって、宝塚の男役かエルビス・プレスリーみたいになる。
日比谷公園の冬の風物詩として有名な構図で、以前にも写真で見たことがある図だから、ネットニュースで見かけただけではほとんど興味をそそられなかった。

気が変わったのは昨夜、たまたま日比谷公園のカモメの噴水のそばを通ってからだ。
どうも、氷柱が下がっているように見えるのだが、暗くて定かではない。
そういえば、この公園には他にも噴水や池があるが、そちらはどうなっているのだろう。
一度気になりだしたら、自分の目で確かめてみたくなる。
こんなに寒い冬は珍しいし、今回を逃したらプレスリー化した鶴も、二度と肉眼では見られなくなるかもしれない。

そんなわけで、2018年1月28日の朝8時台に日比谷公園を歩き回って、主に水周りの様子を観察した。

1)カモメの噴水
西側の角にある噴水で、中央に数羽のカモメが連なった像があり、その周囲を水の噴き出し口が囲んでいる。
噴水が低い水の壁を作り、中央をカモメが飛んでいると言う具合だ。
カモメは噴水の水を浴びるので、彫刻の間に氷柱が下がっていた。
噴水池自体には氷は張っていない。

2)鶴の噴水
雲形池の中央に立つ鶴の像。
笑っちゃうくらい凍っている。
雲形池自体も、表面積の半分以上が氷で覆われ、指先で押したくらいではびくともしない。

3)大噴水
日比谷通り沿いのほぼ中央にある大きな噴水。
噴水は特に面白いこともなく稼動している。
噴水池は表面に氷の薄い欠片が浮いている。

4)心字池
東側の角にある池。北側が日本庭園、南側が菖蒲池となった細長い池で、中央のくぼんだところに亀の噴水がある。
噴水の水を浴びる辺りには、盛大に氷柱が下がっている。
菖蒲池側は凍っていないが、日本庭園側は半分くらいが凍っている。
カモが十数羽、池の表面にたむろしている。
池が凍って困っているようにも見える。
お互いに密集した状況が気に喰わなくて、小競り合いが勃発しそうにも見える。

5)ペリカンの噴水
バラ園の入り口にある四角い水槽に、2羽のペリカンの像が向かい合わせに立っていて、口から水を吐いている。
こちらは水面にも噴水にも異常なし。つまんないの。

6)日比谷の濠
日比谷交差点に出て信号を渡り、お堀を覗きこむ。
ひろびろと氷が張っていて、あっけに取られる。
日比谷の交差点から馬場先門まで、約300メートル、幅も50メートルくらいあるが、手前からおよそ半分、少なく見ても3分の1は凍っている。
水面に波がまったくないので、どこまで凍っているかが一目で分かる。
これは、予想外の光景だった。
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2018/1/27  23:10 | 投稿者: 時鳥

銀座のメゾンエルメスで「グリーンランド/中谷芙二子+宇吉郎」展を見る。
中谷宇吉郎は世界で初めて雪の結晶を人工的に作ることに成功した物理学者で、
芙二子さんは霧の彫刻で知られるアーティストだ。
芙二子さんは宇吉郎の次女にあたる。

ここのギャラリーは二つの部屋とそれを結ぶ短い廊下からなっていて、
上から見ると「官」という字からウカンムリを取ったような形をしている。
エレベーターに近い側の部屋には芙二子さんの霧の彫刻が設置されている。
毎時2回、部屋の奥に置かれたマシンから霧が盛大に吐き出され、
あれよあれよと言ううちにそこいら中が真っ白になる。
生き物のように動く霧、触れるのにつかめない霧が面白い。
力強いのに頼りない。

もう一部屋には、これまでに作られた霧の彫刻の記録映像のほか、
中谷宇吉郎の雪の結晶写真や資料などが展示されていた。
展示品の中に、掛け軸があった。
「雪は天から送られた手紙である」という中谷宇吉郎の有名な言葉が
書かれていて、周囲には雪の結晶の絵がいくつか描かれている。
墨の線だけで描かれた雪の結晶は単純だけど角柱型や鼓型なども
きちんと描かれていて、研究者らしい。
文字は生真面目で、ちりばめられた絵はかわいらしい。
芙二子さんが8歳のときに贈られたものだそうだ。
と言うことは中谷宇吉郎は40歳そこそこ。
きっと、研究熱心なお父さんが娘のために精一杯描いたのだろう。

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2018/1/22  19:22 | 投稿者: 時鳥

大雪警報発令中のため、いつもより早く仕事が終わった。
すでに電車の遅延が発生していて、ホームは人がぎっしりと立ち並んでいる。
最前列に立つ人には雪が積もり、コウテイペンギンのお父さんみたいになっている。
表情もよく似てる。忍の一字。
零下何十度もの気候下でこれを40日もやっているのだから、コウテイペンギンって凄いと思う。
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2018/1/19  22:15 | 投稿者: 時鳥

建築関係の展示が3つ。

パナソニック汐留ミュージアムは、ここ20年以内の日本の住宅を扱った展示で、
20人くらいの建築家による面白い家が集められていた。
施主と建築家が密に対話してできた家たちで、
この家でなら、施主が望む暮らし方ができるにちがいないと思わせてくれる。

東京国立近代美術館は扱う年代の幅がもっと広くて、戦後70年間の日本の家を
対象としている。
流石にこちらの方が規模が大きく、広く深い。
暮らしやすそうな家もあるけれど、建築家が暴走したと思しき家も間々ある。
この家を背負っちゃったばかりに人生変わりました、っていうパワフルな家もあって、
暮らしやすいばかりが家じゃないし、人に家が合わせるのではなく、
家に人が合わせるって言うのもありなんだな、と妙に納得してしまった。
荒ぶるエネルギーが愉快。

LIXILギャラリーは、記録魔・西山夘三による、写真より細かい住宅スケッチが
狭いギャラリーに目白押しで、わんわんと唸っていて、楽しいことこの上ない。
記録魔は人類の宝。


生活工房ギャラリーでは、日本各地の忘れられた歌に息が吹き込まれていた。
歌手の松田美緒さんは土地の歌を集め、自分の中に取り込んで、紡ぎなおしている。
移民の歌、木挽き歌、長崎のキリシタンの歌。
ほこりをかぶった古い歌も、彼女が磨きなおすとまるで雨の後の雑草みたいに
生き生きと呼吸をしはじめる。
つい先週末も、両国のシアターXで松田美緒さんと土取利行さんによる
コンサートを聴いてきたばかりだ。
「唖蝉坊演歌とブラジル移民の歌」と題して、明治大正の演歌と、
移民が作った替え歌をたっぷり聴かせてくれた。

北野恒富は、戦前の大阪で活躍した日本画家だ。
これまで意識して見たことはなかった画家だけど、東京国立近代美術館にも
収蔵されているから、見たこと自体はあった。
女性像を得意とした画家だけど、京都の松園の高雅とも、東京の清方の粋とも
まったくベクトルが異なっていて、言ってしまえば凄艶。
艶かしくて、人間臭くて、きれいに塗った顔の下にあれこれ隠している。
体温、というか、体臭の感じられる女性達だ。
香りの強い大輪の花みたいで、癖はあるけれど、そこが大層魅力的。
和服美人のポスターなんかも多く描いている。
ちゃんと生身の肉体を持つ美人が、豪華な振袖をまとっていて、
一目でひきつけられる華やかな魅力がある。
毒がないから、凝視していると飽きるけれど、ポスターとしての役割は
十二分に果たしている。
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2018/1/17  21:29 | 投稿者: 時鳥

2017年に見に行った展示の類は、ギャラリーやちょっとしたスペースでの展示や、
何回も見に行ったものまで都度数えるなら245、
同じ展示を複数回見た場合も1回とし、美術館や博物館だけを数えるなら72だった。

ベスト10
ポーラミュージアムアネックス「青木美歌 あなたに続く森」(1月)
府中市美術館「ガラス絵 幻惑の200年史」(2月)
国立新美術館「ミュシャ」(4月)
東京国立近代美術館フィルムセンター「人形アニメーション作家 持永只仁」(5月)
パナソニック汐留ミュージアム「日本、家の列島 フランス人建築家が驚くニッポンの住宅デザイン」(6月)
生活工房ギャラリー「クレオール・ニッポンの旅」(6月)
東京国立近代美術館「日本の家 1945年以降の建築と暮らし」(9月)
埼玉県立近代美術館「駒井哲郎|夢の散策者」(9月)
LIXILギャラリー「超絶記録!西山夘三のすまい採集帖」(10月)
千葉市美術館「没後70年 北野恒富」(11月)

次点
渋谷区立松濤美術館「クエイ兄弟 ファントム・ミュージアム」(6月)
ATELIER MUJI「無印良品と明和電機をくらべた」(8月)

順序は初回訪問日の順。

ポーラミュージアムアネックスは、青木美歌さんの個展で、
森の地中に潜んでいる細菌たちがガラスと化したみたいな作品たちが大勢いた。
透明で硬くて冷たいくせに、生き物らしい生々しさを持っている。

ガラス絵は、長谷川利行の作品が本当に良かった。
凄い速さで無造作に描いたのではないだろうか、雑なようでその瞬間の動きや呼吸を
的確にすくいとっている。
ガラス絵は、時間がたっても絵の具の色彩があせず、いつまでも生々しい。
考え抜いて地道に描くガラス絵もあれば、長谷川利行のようにその場を、
シャッターを切るように切り取るガラス絵もある。

持永只仁展は、人形アニメーションに使った人形達がほっこりした雰囲気で、
あたたかく、見ていてついつい微笑んだ。
晩年の1作以外は白黒アニメーションなのが、つくづく惜しい。
これはカラーで見たかった。
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2018/1/9  23:00 | 投稿者: 時鳥

1ヶ月ほど前に、「日本アニメーション映画クラシックス」について書いた。
戦前の日本のアニメーションを公開するサイトで、2017年末までの試験運用とされていた。
2018年以降の動向はその時点では不明だったのだが、年が明けてからサイトを訪ねると、今後も運用を継続することになっていた。
まずは万歳。
2017年に公開されていた64作品のうち、49作品は視聴可能、15作品は各種調整中とのことで視聴が出来なくなっている。
でも万歳。

さて、「日本アニメーション映画クラシックス」は、東京国立近代美術館フィルムセンターのサイトにつながっている。
ついでにフィルムセンターで近々何が上映されるかもチェックすることにする。

1月末からは、「発掘された映画たち2018」の特集上映が始まる。
ラインナップを眺めていると、「個人映画特集1:阿部正直コレクション」という見出しが見つかり、びっくりする。
阿部正直。別名、雲の伯爵。備後福山の元藩主の家に生まれた気象学者で、昭和初期に御殿場に「安部雲気流研究所」を創設し、富士山麓の雲形と気流の研究に励んだ。研究には映画フィルムを活用し、またプライベートでも撮影を好んだ。
とまあ、そんな人。
今回は、阿部正直が自ら撮影した17本のフィルムを一挙上映するようだ。
内容は富士山観測記録もあれば、家族ムービー、旅行アルバムもある。年代も1913年から1954年までと幅広い。
私は一昨年にインターメディアテクの特集展示でこの人のことを知ったけれど、世間一般にはほとんど知られていない人だろう。
渋いし、娯楽性は高くなさそう。
でも、「昭和十六年 皆既日食 台湾」や「吊し雲の雲機巧に関する氣流實驗」なんて魅力的なタイトルがちらほらしていて、興味をそそられる。
カラーが4本混じっているが、すべて無声。
あくまでも眼の人だったのだろう。
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2018/1/8  19:51 | 投稿者: 時鳥

2017年に読んだ本を数えると、201冊だった。

ベスト10
『無私の日本人』磯田道史
『イノセント・ガールズ』山崎まどか
『運命の女たち』海野弘
『忘れられた女神たち』川本三郎
『カンパン夫人 フランス革命を生き抜いた首席侍女』イネス・ド・ケルタンギ
『ピーターの法則』ローレンス・J・ピーター、レイモンド・ハル
『インターネットが普及したら、ぼくたちが原始人に戻っちゃったわけ』小林弘人、柳瀬博一
『きものとジャポニスム』深井晃子
『人類史のなかの定住革命』西田正規
『クモの糸でバイオリン』大崎茂芳

次点
『それをお金で買いますか』マイケル・サンデル
『コバルト文庫で辿る少女小説変遷史』嵯峨景子
『さわり』佐宮圭

自然科学に関する本も読んでいるのだけど、ベストを選んだら
不思議に歴史ものばかりになった。

『イノセント・ガールズ』、『運命の女たち』、『忘れられた女神たち』は、
いずれも女性の列伝。18世紀から20世紀の欧米に生きた女性を取り上げている。
『さわり』は琵琶奏者・鶴田錦史の伝記、『カンパン夫人』も女性の個人伝記。
『無私の日本人』は江戸時代に生きた市井の人々を描いた3つの中篇で、
主人公たちの清廉な人柄と歴史家の著者の筆致があいまって、清い熱意にあふれている。

『ピーターの法則』は、あまりにも身も蓋もない法則なんだけど、
大変に的確で、身に覚えがありすぎて、笑うしかない。
こうもすっぱり言われると、なんかもう、物事がうまく進まない時にも諦めがついてしまう。

『きものとジャポニスム』は、欧米におけるキモノの受容と、
その影響で生じた新しいファッション、室内装飾など諸々を追いかけた本。
図書館の新刊コーナーで見つけて、瞬間的につかんでいた。

『コバルト文庫で辿る少女小説変遷史』は、かつて読んだ本の話がたくさん出てきて
楽しかったのはもちろんだけど、自分が読んでいない時代のことを通史的にたどったり、
当時の裏事情を今更ながら知ったりして、いろいろと腑に落ちることがあった。
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2018/1/7  18:55 | 投稿者: 時鳥

去年観たのは、映画と呼べるのが95本ぐらい。
チャップリンの短編映画をカウントするなら、もう10本あまり増える。
ほかにオペラやバレエや歌舞伎の映像が20本ぐらい。

見た順にベスト5本。

「この世界の片隅で」2016年 片渕須直
「ウェディング・バンケット」1993年 アン・リー
「女だけの都」1935年 ジャック・フェデー
「逢びき」1945年 デヴィッド・リーン
「イリュージョニスト」2010年 シルヴァン・ショメ

次点
「ベトナムの怪しい彼女」2015年 ファン・ザー・ニャット・リン
「グッバイガール」1977年 ハーバート・ロス
「レモネード・ジョー 或いは、ホース・オペラ」1964年 オルドジフ・リプスキー

映画以外では、
ボリショイ・バレエの「明るい小川」
歌舞伎座の「女殺油地獄」「籠釣瓶花街酔醒」
なんかが印象に残っている。

「レモネード・ジョー」は、確信犯の荒唐無稽にくらくらしながら大笑いした。
西部劇をおちょくり倒したチェコ映画。
白馬に乗った凄腕ガンマンが酒の変わりにコラロカ社のレモネードをがぶ飲みし、唐突に歌って踊って殺し合う。
同じ監督&脚本コンビによる「アデラ/ニック・カーター プラハの対決」も見た。
こちらは探偵もののパロディ。
個性的な人食い植物が出てきて、ああこれは、と思ったら、やっぱりヤン・シュヴァンクマイエルが作っていた。

「ベトナムの怪しい彼女」は、ヒットした韓国映画のベトナム版らしい。
元の作品は見ていなくて、これだけを見た。
70歳のおばあちゃんがいきなり二十歳に若返って騒動が起きる、という、
どっかの漫画で見たような展開なんだけど、口が悪くて傍若無人で顔だけ可愛い
おばあちゃんのキャラクターが強烈で、物語を力強く引っ張っている。
面白い人だ。近くにいたら凄く迷惑だし、殺意が芽生えそうではあるけれど。

「この世界の片隅で」と「イリュージョニスト」はどちらも長編アニメーション。
前者は戦時中の広島・呉に嫁いで来た女性が主人公。
丁寧に描かれた毎日の生活のすぐ隣に、空襲や飢餓や原爆がある。
やわらかで、厳しい。
後者は1950年代のアイルランドが舞台で、落ちぶれた手品師が主人公。
ジャック・タチをモデルにした手品師をはじめ、一人一人の人物が、街の空気が
とても濃やかに描かれている。
優しくもほろ苦い、ビターチョコレートのような味わいのある物語。

「逢びき」は主演女優の視線の演技が本当に素晴らしかった。

「ウェディング・バンケット」は、台湾人の祝宴にかけるエネルギーの凄まじさに圧倒された。
まじでこんななんですか、彼らの披露宴って。
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