2017/12/19  22:07 | 投稿者: 時鳥

毎朝、ホームの同じ場所に立って電車を待っている。
今朝はハトが3羽、線路の上の電線に止まっていた。
いつも同じ3羽なのだろう。よく電線で人間ドラマ、というか、
ハトドラマを繰り広げている。

見たところ、1羽がメスで2羽がオス。
2羽のオスはどちらもメスとお近づきになりたくて、
お互いにけん制しあっている。
ハトは片方が明らかに強くて、弱い方を追い払おうとする。
とはいえ、弱いハトも簡単には立ち去らない。
強いハトを回避しながら、何とかしてメスに近づこうとする。
メスのハトはどちらにもそんなに興味がない。
我関せずとばかりに涼しい顔でたたずんでいる。

電車を待つ数分の間に、トムとジェリーみたいな定番のやり取りが
毎朝のように交わされて、時々吹き出しそうになりながら
電線を熱心に見上げて観戦している。
これから満員電車に押し込められるというのに、電線を見上げて
何故か楽しげな会社員。
傍からはちょっと奇妙な人に見えているかもしれない。

2

2017/11/3  19:14 | 投稿者: 時鳥

上野動物園でアイアイの子供を見る。
今年の5月に生まれた子だそうだ。
まだちびっこく、木を渡る動きが危なっかしい。

アイアイだって、練習しないと上手に木に登れないのだ。
当たり前のようだけど、これまで気づいていなかった。
何となく、サルなら生まれた時から木登りが上手なような気がしていた。
でもそうではなく、生まれつきの身体能力に恵まれていても
やっぱり練習は必要で、能力とは、練習が身になる早さとか、
練習で上手くなれる上限なんかを決めているだけなんだと思う。
能力は確かに必要だけど、練習のほうがもっと必要。
2

2017/9/30  23:45 | 投稿者: 時鳥

職場に急ぐ人々が忙しく行き交う歩道に、数羽のハトが紛れ込んでいた。
けとばされそうになりながらも、安全な場所に逃げようとしない。
どうやら、歩道の木々から落ちたどんぐりが、人々に踏み潰されて
割れているのを狙って食べにきているらしい。

朝は、道路清掃人の仕事時でもある。
歩行者だけでなく、清掃人の隙も狙わないといけない。
生きるって大変。
どんぐりをひとつ踏んでみるが、あまり固い靴底ではないためか、
割ることができなかった。
ごめん、ほかの人に割ってもらって。
3

2017/9/23  23:55 | 投稿者: 時鳥

ミミズ研究の第一人者、中村好男さんのインタビュー記事を読む。
ミミズにいろいろな種類がいることを知って、驚く。
北極圏と赤道直下で種類が違うのは、当たり前と言えば当たり前なんだけど、何となく同じ種類が全世界にいるように思っていた。
ミミズなんて外見の差異がほとんどなさそうなのに。よく分類できるなあ。
高校生向けの生物事典でもミミズをひいてみる。
ミミズ類は別名を「貧毛類」と言うとの事。
確かに毛は少ないけど。ミミズだけに特定しなくて良い気がする。
1

2017/7/30  22:52 | 投稿者: 時鳥

かんかん照りの歩道の真ん中に、雀が倒れていた。
目ははっきり開いている。
動こうとしているが、身体がうまく動かないらしく、ころんと倒れてしまう。

足か翼が折れているのなら、どうしようも出来ない。
外出先だし、大したものは持っていないのだ。
だが、ここにいたら自転車にひかれたり歩行者に踏まれる恐れがある。
脱水症状で動けないのだとしたら、ここでは悪化するばかりだ。

ティッシュペーパー越しにつかんで、近くの植え込みの中に置いてみた。
熱中症か日射病なら、冷やしたほうがいいだろうから、手持ちのペットボトルの蓋一杯分の水をティッシュの上からかける。
ここでは猫に捕られるかもしれないが、路上より多分ましだろう。
しかし、当事者はつかまれても全然動かない。呼吸も速い。
といっても、普段の鳥の呼吸数は知らないけど。

これは駄目かもなあ、と思いながらその場を去り、1時間半後ぐらいにまたその場所を恐る恐る通りかかる。
冷たくなってるとこなんて見たくないなあ、と思っていたら、ティッシュだけが残されていた。
特に血痕だの羽毛だのは付着していない。
猫や他の鳥や人間が襲ったならティッシュごと持ち去られているだろう。
なんとか生き延びたっぽい。事実はわからないが、そう思うことにする。
勝手に駄目とか思っちゃ、駄目なのだな。こういうとき。
3

2016/7/14  22:28 | 投稿者: 時鳥

芝生に茶色っぽい草がぽうぽつと生えていた。
いくつか花も咲いている。
これは白花のニワゼキショウ。
種を捜し求めていた、意中の相手だ。
この時期でこの姿なら、きっと種があるに違いない。

喜び勇んで探し始めるが、種が見つからない。
茎の先に丸薬のような丸い実が付いているものなのだが、茎はあっても種の部分だけきれいになくなっている。
草刈りにあったにしては、種だけなくなっているのがおかしい。
まだ熟していない実ならいくつか見つかるのだ。

首をひねっていると、ででぽぽと鳩が近づいてきた。
ちょっと手を振ったくらいでは逃げず、平気な顔で歩き回っている。
あ、君らが食べたのか。
流石はプロ、必要な部分だけきれいに取って行くものだ。

生活をかけて毎日、歩き回っている彼らと争って勝てるとは思えないし、また、勝ってはいけない。
こっちは趣味で雑草を育てているだけなのだ。
ひしゃげた、半端な実を2つばかりもらって引き下がる。

現在、自宅の植木鉢は新たな戦線が開かれつつある。
初夏の、クローバーとマメグンバイナズナの闘いは、実をつけたマメグンバイナズナが引き抜かれ、クローバーも間引かれてほとんどの空間が空いている。
そこにいろいろな種をランダムにばら撒いていたのだが、3日ほど前から何かの双葉が出てきた。
生まれたばかりの赤ん坊の顔が似ているように、双葉も皆似ていて、何が出てきたのかまだわからない。
しかしこの可愛い双葉は、真夏の仁義なき闘いの急先鋒。または鉄砲玉。
3

2016/2/27  22:26 | 投稿者: 時鳥

メジロは英語でもwhite-eyeだそうだ。

辞典の記述がふと目に留まって、知った。
そこはイギリスでも日本でも発想が同じらしい。

しかしよく考えると、あれは目そのものではなく、目の周りが白いのである。
頬まで白ければ「ホオジロ」、頭まで青ければ「ズアオ」だったことだろう。

人間でも、目玉そのものではなく、目の周辺に対する化粧が「アイメイク」と呼ばれる。
目の範囲は人間の場合、上は上まぶたの際から眉毛まで、下は下まぶたの際から眼窩の周りの骨に行き着くまでとされている。
学術的な用語ではなく、現代日本の日常生活の感覚として、そのあたりだ。
眼窩の内側が目だと言ってもいい。
目と呼ぶことが可能な範囲を眼球の一部と見立てることによって、人間は大きな目を演出している。
線を引いたり、まつげを足したり、あらゆる目の錯覚をフル活用して。

鳥や哺乳類のほとんどは、眼窩の内側が目と考えて、差し支えない気がする。
爬虫類や両生類では眼窩がないのもいるみたいだし、無脊椎動物になると骨がそもそもないから眼窩もない。
それでも、目か、人間には目のように見える器官がある付近が何となく「目」と呼ばれるんだろうけど。

2

2015/10/24  18:49 | 投稿者: 時鳥

今日の出来事。
銀座から京橋を経由し、日本橋方向に向かって歩いていた。
そろそろ八重洲通りというところで、傍らのビルのプランターが目に付いた。
膝くらいの高さがある白いプランターが、ビルの壁のくぼみに沿って置かれていた。
プランターに植えられた植物には、白い花が咲いていて、ほのかな香りを放っている。
その花から花へと飛び移って、何かが蜜を吸っていた。
随分大きいが、蜂だろうか。こんな都心にもいるのだな。
そんなことを考えて、観察した。
色は渋い緑、俗にいう鶯色である。
止まることなく、羽ばたきながら蜜を吸っている。
大きさは蜂にしては大きい。蝉か蜻蛉くらいのサイズがある。
そして、姿は鳥に見える。
これは、ハチドリと言うものに見えるのだが。
東京駅前にハチドリがいるものなのだろうか。
いてもいいものなのだろうか。
飛び去った後、数分間、目を丸くして立ち尽くした。
幽霊を見たって、こんなに驚いた顔にはならない。

帰宅してネットで調べた。
どうも、ヒメクロホウジャクというスズメガの一種だった気がする。
ここの写真ととてもよく似ていた。止まると完全に蛾なんだけどねえ。
花は、多分、アベリア。
3

2014/5/10  23:39 | 投稿者: 時鳥

丸い広場にパラソル付きのテーブルがたくさん置かれている。
日差しが降り注ぐパラソルの下には、近隣のオフィスに勤める人々が集い、昼食をとっていた。
食べる、おしゃべりをする、スマホをいじる、新聞をめくる、日光浴をする。
各人各様に過ごす椅子の周囲を、数羽のハトが早足で、休むことなく歩き回っている。
この椅子あの椅子と歩き回りつつ、小さなパンくずの類を見つけては、ついばんでいる。
同じ場所を静かに何度も行き来して、見逃さないように入念にチェックしている。
油断なく辺りに注意を払いながら、椅子と椅子の間を器用に動き回る様子が、ウェイターを連想させた。

ハトのウェイター。
真の意味でのウェイターなのだ。彼らは。
人間のウェイターが客の注文や動きを待っているように、ハトのウェイターは人間が食べ物をこぼすのを待っている。大人しく、礼儀正しく。
こぼれた食べ物をチップに受取り、彼らは淡々と働く。そうして広場は少しきれいになる。
しかし、チップとして受け取れないものは彼らのお片付け対象から外れるから、ある種のゴミはゴミのまま放置される。
あと、糞を我慢する理由も持っていないから、多少の糞は残る。
だから。
人間の掃除係の仕事を奪いはしない。共存可能。
2

2013/8/19  7:26 | 投稿者: 時鳥

じじっと鳴いて、セミが飛び立った。
実は飛ぶのが嫌いなんじゃないだろうか、セミって。
トンボやカナブンに比べて、いかにも大儀そうに、不器用に飛んでいる。
非常用移動手段として羽を与えられたものの、できれば羽化したその場で鳴いて一生を全うしたいクチなのかもしれない。

イソップ物語では、アリとキリギリスの話はアリとセミの話として伝えられている。
あのセミの、飛ぶのが嫌そうで、木に貼り付いてひたすら鳴き続けている様子が、口ばっかり達者で何もしない人を思わせるのかもしれない。
1

2013/6/30  22:53 | 投稿者: 時鳥

居酒屋の店先に設置されたガラスの水槽で、アジなどが15尾あまり泳いでいた。
よく洗ったガラスの水槽に酸素補給のポンプをつけて、海水と魚を注ぎ込んだだけといった趣の、殺風景な水槽である。
いつ見ても魚が普通に泳いでいるから、魚が生きられる環境ではあるのだろう。
でも、こんな所に大勢で詰め込まれるのって、魚にとっては非常に不快なのではないかと想像される。
人間で言うなら、土牢の大部屋に一畳二人の定員で詰め込まれるくらいの感覚かもしれない。
もっとも、水草を入れたり砂利を敷いたりして自然っぽくすればいいっていう、単純な話でもないのだけど。
人間の目にはそれが自然っぽく見えるけど、魚自身がどう感じるかは分からない。
人間の五感と魚の五感は随分異なっているはずだ。
アジはアジで、自分の今いる環境を何らかの基準で判別しているにちがいないけど、その基準が人間にも感じ取れるものだとは限らない。そもそも、基準が何なのかも、判明していないかもしれない。
百歩譲って、アジが環境を判別する基準がわかったとしても、それだけではアジにとって最も快適で幸せな環境がどんなものかはわからない。アジの感知する自然環境と同じにして、時々、イルカの餌になるようにしてやればいいってものでもなかろうし、かといって、外敵に全く襲われず、寿命の限界に挑戦するのがベストだとも思えない。
自然環境におけるアジの生態については研究や調査が進んでいるはずだが、アジが何を快適と感じて、どんなふうに生きて死ぬと苦痛が最も少なくて済むかは、多分、まだ誰も調べ切れていない。

・・・まあ、実際、そこまでわかっちゃうと、いくつかの調理法が絶滅することになりそうだけど。
活け作りが魚にどれだけの苦痛を与えているかが数値で判定できたら、禁止されるよねえ、きっと。
1

2013/5/1  7:05 | 投稿者: 時鳥

といっても、妖怪ではなく中国版の七十二候のお話。
しばらく前に、中国の七十二候は日本のそれよりダイナミック、という話をちらりとした。
というのも、日本のはどれもこれも普通に起き得る事象なのに対し、中国版は何かが何かに化けるという記述がひょっこり混じっていたりするからだ。
いわば、観察の産物の中に空想の産物がブレンドされている状態である。
その、化けるもの記述の印象があまりに強くて、中国の七十二候というと空想的なイメージがあった。
けれど、今回改めて、七十二候を探してみると、化けるものの記述は意外にも5つしかなかった。

啓蟄の三候(3/16〜3/20)
 鷹化して鳩と為る
清明の二候(4/10〜4/14)
 田鼠(でんそ→モグラ)化して駕(うずら)と為る
大暑の初候(7/23〜7/28)
 腐草蛍と為る
寒露の二候(10/14〜10/18)
 爵(すずめ)大水に入りて蛤と為る
立冬の三候(11/18〜11/22)
 雉大水に入りて蜃(おおはまぐり)と為る

ちなみに、「腐草蛍と為る」だけは日本の七十二候にも存在するが、時期は芒種の二候(6/11〜6/15)と大きくずれている。
きっと違う生き物なのだろう。

それにしてもこれ、逆変換がないんだけど、一度ハマグリになっちゃったスズメは一生、ハマグリのままなんだろうか。
出世魚みたいな感じ?

モグラがウズラに化ける過程を想像する。
春先、土を掘って掘って掘って、うっかり地上に出てきちゃったモグラが気付かずにのそのそと進んでいく。進んでいくうちに、後ろ足が伸び、前足が羽になり、首が伸び、伸びた足は鱗で覆われ、不要な指は引っ込み、必要な指は長く伸び、尖った口吻はくちばしになる。短い毛は柔らかい羽毛となり、もこっと後ろ足で立つと、目が開く。どこから見ても完璧なウズラ、まさに天然の神秘。
メタモルフォーゼの過程は面白いし、ウズラも可愛いけど、別にモグラのままでもいいと思う。
そんな無理しなくても、モグラの幸福を追求すればいいんじゃない。

参考:『新歳時記(新年)』平井照敏・編 河出文庫
1

2013/3/30  22:03 | 投稿者: 時鳥

スズメの剥製を見かける。
個体によって、模様がかなり違っていることに、今更ながら気付く。
特に胸と顔。
1

2013/1/29  7:17 | 投稿者: 時鳥

ランの花を見て、花が規定する虫のルートと受粉の仕組みについて考える。
植物というのは、マーケティングの天才だと思う。
虫の多い所では植物も多いから、多様なサービスで引きつける。これは激戦区の戦略。
虫の少ない所では、また別の手法。これは過疎地の戦略。
専門店街みたいな戦略を取ることもあれば、1種類の虫だけに特化した構造にして、マニアの行きつけの店をねらっている植物もある。
チェーン展開にしても、あちこちに生えて危機分散し、広く薄い利益を求めることもあれば、一箇所に集中的に生えて、地区の完全制圧をねらうこともある。
人間が最近気付いた戦略も、植物は太古の昔から知っていて、実行している。
きっと、植物にしたら人間のマーケティングなんててんで幼稚なもので、すぐそこの茂みにいる草ですら、人間のまだ知らない戦略も山ほど知っていて、実行しているんだと思う。
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2013/1/27  19:55 | 投稿者: 時鳥

温室を巡っていると、ある木に付けられたネームプレートがたまたま目にとまった。
「マルハチ」とある。ヘゴ科。学名はCyathea mertensiana。
私の乏しいラテン語の知識に照らし合わせても、学名を日本語に直訳したとは思えない。
なぜ、こんな名前がついたのか。
木を見て、2秒。笑いながら、喉の奥から搾り出すようにして、嘆声をもらした。
木の幹に丸八って書いてあるよ・・・。いや、本当に。嘘でも冗談でもなく。

簡単なネームプレート以外、温室には特に説明がなかったので、図書館で植物図鑑を調べる。
あまりの不思議さに、調べずにはいられない。
牧野富太郎の植物図鑑にはちゃんと「マルハチ」の項があって、この木の完璧な描写が載っていた。冒頭から途中までを引用。

小笠原諸島の特産種。大型の常緑木本。開けた山の斜面に傘を広げたように立って群生する。高さ約5m。葉柄は基部に関節があり、落葉後には幹に葉痕がはっきりと残り、その形ははじめは角ばるが後には円形のわくの中に葉柄の維管束の跡が八の字を逆にしたように配列する。(後略)
『新牧野日本植物圖鑑』北隆館 2008年

流石は牧野先生。かゆいところに手の届く素晴らしい説明をありがとうございます。
実際に目撃したとは言え、私が自分の言葉で説明しても信じてもらえないんじゃないかって気がしてたので、助かりました。
しかし、この木を「マルハチ」と名づけた人も素晴らしいセンスだと思うんですけど、どういう方だったんでしょう。まさか、牧野先生だったりしませんよね?
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