2018/4/3  6:35 | 投稿者: 時鳥

宇宙人っぽいしゃべり方をして、と言われた時、私たちはみんな、同じようなしゃべり方をする。
でも、宇宙人にあったことのある人はいないし、宇宙人は日本語を話さない。
「あたくしは知らなくってよ」と言えば、聴き手はお嬢様っぽさを感じとるし、話し手も聴き手がそう感じることを知っていて発言している。実際のお嬢様がそんな話し方をするかどうかは問題にはならない。
そんな、人物像と密接に結びついた話し方を「役割語」と呼ぶ。

2月に国立国語研究所のフォーラムを聴きに行った際、この本の著者の発表があり、そこから興味を持ってこの本にたどり着いた。
この本ではお嬢様語、老人語、宇宙人語といった現実の人物とは落差のある、ピンポイントな役割語に焦点が当てられているが、先日の発表では女言葉をはじめとする幅のある、細かいレベルの設定が可能な言葉について多めに語られていた。
本によると、標準語は誰のものでもない言葉で、すべての役割語の基準になる特殊な役割語だそうだ。
役割語の特徴は、人称代名詞と語尾に主に現れる。
普段話すとき、私たちは場にあわせて語尾や語彙や人称代名詞を選んでいる。
仕事の話体(スピーチスタイル。文体の話し言葉版)に砕けた言葉を混ぜたり、語尾を硬くしたり柔らかくしたり、自分のことを「お姉さま」と呼んでみたり。
そう考えると、私達が話す一言一句はどこかしらに役割語の化粧が施されているのかもしれない。

『ヴァーチャル日本語 役割語の謎』金水敏 岩波書店 2003年
3

2018/3/19  22:15 | 投稿者: 時鳥

『ベッドサイドの数値表 第2版』には、「ナース・看護学生のための」という副題が付いている。
そういう方々が現場で使う数値の類がわかりやすくまとめられたハンドブック。
縦19cmくらいの普通の単行本サイズなので、白衣のポケットに隠し持つのではなく、詰め所とかロッカーとか勉強机とかに置いていたのだろう。
古本屋の200円均一コーナーで発見し、購入した。
元の持ち主の書き込みがところどころに残る。

出版は1990年。30年近く前の本だが、タグ辞典とは違って、時間の経過が信頼の低下には結びつかない。
人間の腸の長さや死後硬直の起きる時間は30年ぐらいで変わるものじゃない。
「老人看護に必要な数値」の章はデータが古くてあまり参考にならないけど。
使い方としては、実際に困った事態が発生した時より、平和な時にぱらぱらめくることが多い。
自分に適した松葉杖の長さを算出したり、関節稼動域の図に従って身体を動かして納得したりして、のんびりと使っている。
2

2018/3/19  22:04 | 投稿者: 時鳥

今では使わなくなった辞典。
仕事でHTMLを扱うようになった頃に買って、自分のサイトを作るときにもタグ辞典を引きながらHTMLを手打ちしていた。
今はWEB検索で調べてしまうから、タグ辞典の出番はない。
同じく仕事で使うJavaScriptやSQLも、かつてはリファレンス本を使っていたが、今はWEB検索しか使わない。
技術がすぐに進んで変わってしまうので、数年前の本がもう役に立たないのだ。
図書館で技術書の棚を眺めることがあるけれど、本を手に取ったらまず、
いつ出版された本なのか確認し、5年前だったら話を3割くらい差っ引いて読むことにしている。
2

2018/3/11  20:01 | 投稿者: 時鳥

何十年か前のある日、大学図書館に行くと、カウンターの側に廃棄本のワゴンが出ていた。
背表紙を眺めていると、小さな英語の辞書に目が吸い寄せられた。
ぴっと一本釣りしてきたのが、本日の辞書、
『THE OXFORD MINIDICTIONARY OF FIRST NAMES』だ。

大きさは、縦12.5cm、横8cm。蔵書の中で最も小さな本だ。
版元は、ニューヨークのOxford University Press。
英語圏のファーストネームを約2000種類集めて、意味や由来、読み方、男女の別などを説明している。
裏表紙の説明によると、「子供にぴったりの名前を探すご両親だけでなく、自分自身や他の人の名前に付いてもっと知りたい方のためにも作られています」とのこと。
アメリカでは、命名辞典として使われているのかもしれない。

「『フラニーとゾーイ』のゾーイって、どういう意味?」とか、
「ブリンって、どこの国の名前?」とか調べたいときに使う。
語釈も英語だけど、そんなに難しい言葉で書かれていないから何とか使えている。
なにより、名前を調べて「これ、こういう意味だったのか!」とびっくりする楽しさは何にも変えがたい。ラストネームの辞典もあるなら、欲しいくらいだ。
本や映画の登場人物、アーティストの名前として長年慣れ親しんだ名前が、一瞬にして新しい意味を帯びる。こんな瞬間、他の辞書ではなかなか味わえない。
「ナディア」がロシア語起源の名前で、ナデジダの愛称で、「Hope」という意味だなんてことが一直線に出てきて、「ふしぎの海のナディア」との関係にしばし頭が飛躍する。
昔の漫画や子供番組に出てくる名前を片っ端から引いたら、何かしら面白い結果は出そうだけど、それは意地の悪い揚げ足取りにしかならないので、あまりやりたくない。
つい見つけてしまうのは仕方がないにしても。
2

2018/3/7  22:25 | 投稿者: 時鳥

引き続き漢和辞典について。

数千年前の中国で、何を元に考え出された文字であるかは載っている。
漢音、呉音、日本に来てからの訓読みも分かる。
最初はどんな意味で、そこからこんな意味に転じた、という歴史もわかる。
でも今の中国ではどんな音で、どんな意味なのかは載っていない。
それは中国語辞典の役目だ。
ということは、これは日本語の辞典のひとつなんだろうけれど、
それにしては遠慮がちだ。
国語辞典では、最新の言葉を盛り込んだ改訂版が盛んに出版されるけれど、
漢和辞典ではそんな話は聞かない。
過去に焦点が当てられて、歴史的、伝統的な事柄ばかりが書かれている印象を受ける。
今の、この時代を写し取ろうという視点が漢和辞典には希薄だ。

漢和辞典は、一種の外来語辞典なのかもしれない、と不意に気づく。
よその国のものだから、勝手に漢字の意味を変えてはいけない、と、
辞書を作る人は思っているのかもしれない。
でも、外来語辞典には新しい言葉や和製英語がふんだんに入って、
耳慣れない、言ってみれば変な言葉ほど取り上げようとするけれど、
漢和辞典はその点、逆だ。
出典のはっきりした由緒正しい語ばかり取り上げたがる。
単なる思いつきだが、漢文が偉かった時代の感覚が人々の中に残っていて、
漢和辞典を権威と結び付ける固定観念が働いているのやもしれぬ。
2

2018/3/6  21:05 | 投稿者: 時鳥

この部屋には、2冊の漢和辞典がある。
1959年刊行の『角川漢和中辞典』と1994年刊行の『新版 漢語林』。
メインで使っているのは、前者だ。

中学生になるかならずやの時分に初めて与えられた漢和辞典は、ハンディな漢和辞典で収録語数はさほど多くなかった。
不満を感じていた高校生の頃、神保町の古本屋で店先のワゴンから掘り出したのが前者の漢和辞典だ。
1968年発行の91版、元の持ち主は代々木に住んでいたらしく、奥付の裏側に郵便番号住所氏名を万年筆で記した跡が残っている。
穴が開くほどこすって万年筆の文字を消しているけれど、奥付に朱で蔵書印が押されているので、元の所有者の苗字は今もわかる。
奥付には「定価1100円」、箱には「定価2400円」と印字されている。
奥付が初版の価格、箱が91版の価格と解釈していいのだとしたら、9年間でずいぶん値上がりしたものだ。
9年で91版という重版回数も凄い。1ヶ月か2ヶ月に1回は重版がかかっている計算だ。そんなに売れる漢和辞典って、どういうことなんだろう。
肝心の内容は、普段使わないような漢字も網羅していて、字義も詳しい。
初版の刊行からはもう60年経っているけれど、漢和辞典は「元来どんな意味だったか」を調べるために使うことが多いので、古いことは問題にはならない。
基本的に満足。でも実は、すっきりしない気持ちも抱えていた。

新語が載っていないのは良い。が、学者達だって日々研究に励んでいるのだ。この60年で研究の進んだ部分もあるはずではないか。そこを完全に取りこぼしていて、本当にいいのだろうか。
心に迷いを抱えたある朝、古紙回収の集積場に、ろくすっぽ使っていなさそうな漢和辞典が転がっているのが目に入った。あんまり国語の好きじゃなかった学生が、高校卒業と同時にさくっと捨てた風情だ。
情けを覚えて連れ帰り、後者の漢和辞典がうちに来た。
引き比べてみると、ぱっと見て分かるほどの大きな違いはない。
甲骨文字などの元の字がちゃんと載っていることは美点のひとつ。
古い漢和辞典よりやや薄めなのと際立った長所がないので、結局、古い漢和辞典の座を脅かすには至らず、新しい方はセカンドオピニオンとしてまれに開く程度となっている。
2

2018/3/3  22:36 | 投稿者: 時鳥

岩波文庫の『紋切型辞典』が部屋にあることを、今日になって思い出した。
先日作ったリファレンス・ブック・リストに入れるのを忘れていた。

『紋切型辞典』はフローベールが書いた、いわばパロディ辞書だ。
例えば「栄光」の項には「うたかたにすぎない。」なんて語釈が付いている。
一応、項目を五十音順(原著はアルファベット順)にならべていて、
語釈も付いていて、題名にも辞典と付いているから、辞書と呼んでいいのだろうが、
調べ物をする時にこの本を使ったことが一度もない。
これはあくまでもフローベールの皮肉を楽しむための本だ。
だから、リファレンス本を探す過程で漏れてしまったのだ。

部屋にはメルシエの『十八世紀パリ生活誌』(上・下)もある。
こちらも岩波文庫で、上下巻2冊に革命前のパリの街の様子、職業や流行、
家庭生活などを記録した短文がわんさと詰まっている。
調べ物なら『紋切型辞典』より数段役に立つ。
が、こちらは辞書の形式を取っていないので、どうしても辞書として
カウントはできず、いいところ、準リファレンス本止まりだ。
調べ物には全然使えない『紋切型辞典』が辞書なのに。

『紋切型辞典』フローベール 小倉孝誠・訳
『十八世紀パリ生活誌』メルシエ 原宏・編訳
2

2018/3/2  22:16 | 投稿者: 時鳥

「要するにうるさいんだけど、もっと適した表現がなかったっけ」
という時に引く辞書。

表紙をめくると、見返しに「語彙分類体系表」なるものが載っている。
縦10項目、横10項目の合わせて100項目から成っていて、
それぞれの升目に「天文」「動作」「家具」などの項目名が付いている。
00から29が自然、30から69が人事、70から99が文化という風に大きく分けられ、
さらにこの2桁の下に1桁の小分類が付いて全部で3桁、1000のカテゴリで
言葉は分類され、カテゴリ順に辞書に収められている。
巻頭に収録語の五十音順索引が付いているので、類語を探したいときは
まず索引からカテゴリ番号を拾って飛んでいく。
言葉には簡単な語釈が付いていて、字面とこの語釈で求める言葉を探し当てる。
新しい言葉を仕入れるというより、頭のどこかで迷子になっている言葉を
連れ戻すための辞典だから、これくらいの語釈でいいのだ。

著者は大野晋と浜西正人。
1981年にこの二人が『角川類語新辞典』を刊行した。
『角川類語新辞典』に収めた、日常生活に必要な現代語を中心として
新語や連語など二千余語を加えて収録したのが『類語国語辞典』なのだそうだ。
凡例によると。
今回凡例を読むまで、『角川類語新辞典』と同じものだと思ってた。

手元にあるのは、実家の近くの古本屋で買い求めたものだ。
努力賞の副賞だったらしく、中扉の裏側に、高校名、受賞者、受賞年月日を
印字したシールが貼られている。
何の催しだったかは不明だけど、作文コンクールの類じゃないかと想像している。

この辞書の前は講談社学術文庫の『類語の辞典』を持っていた。
確か、明治時代に出版された辞典で、載っている言葉は古いし、
言葉の分類も使いにくくて、ほとんど使わなかった。
分類が使いやすくて載っている言葉も手ごろなので、
この辞書を手に入れてからは、もう類語辞典は探さなくなった。
数年後にもっと大規模な類語辞典が出版されたけれど、
今の辞書に不満はなかったし、似た辞書をふたつ引き比べたいとも思えなかった。
ということで、博覧強記ではないかもしれないけれど、十分な実務能力を
備えた類語辞典、小柄な実務家さんに手助けしてもらいながら、
今日のこの文章も書いている。
2

2018/2/27  22:33 | 投稿者: 時鳥

直前の記事で自室にある辞書類のタイトルを挙げたのだけど、
挙げているうちに来歴を書いてみたくなった。
というわけで、しばらく辞書の話を続けることにする。

まず最初に取り上げるのは、
三省堂の『デイリーコンサイス国語辞典』。
辞書は様々あれど、紙の国語辞典はこの部屋にこの1冊しかなかった。
縦15.5cm、横8cmの細身の国語辞典で、約7万語を収めている。

高校生の頃に持ち歩く辞書が欲しくて買った。
ちょうど制服のスカートのポケットに入る大きさで、いつもポケットに入れていた。
箱とビニールのカバーがついていて、当初は箱ごとポケットに入れていたが、
今では剥き身の辞書だけがある。
本文は、そういえば横書きで、当時は横書きの国語辞典は珍しかったような気がする。
曖昧な書き方になるのは、ずいぶん昔の話だし、今では自分にはこの辞書が
当たり前になりすぎていて、普通なのか異常なのかわからなくなっているからだ。
さすがに近年は持ち歩くことはなくなったが、机の側に定位置を占めていて、
手書きの最中に送り仮名や漢字がわからなくなるとすぐに出てくる。
小さな古い辞書なので、載っていないことはもちろんたくさんあるけれど、
普通のことを普通に調べる分には、十分、用が足りる。
だから、紙の国語辞典がこれだけなのだろう。
小さくて邪魔にならないし、片手で楽に扱えるところが便利なので、
もうこのまま一生使い続けるんじゃないかと思う。
2

2018/2/25  21:13 | 投稿者: 時鳥

リファレンス本の多い部屋だと言う自覚はある。
学生時代から辞書類が好きで、自然に集めていた。
実家を出る時、小説類はほとんど置いてきたが、調べ物の本は手放せないものが多かった。
でも、具体的に何がどれだけあるかとなると、自分でもよくわかっていない。
「20種類はあるはずだけど・・・」と、指折り数えては途中でわからなくなるのが常だった。
このたび思い立って、現在、自室にある辞典類を棚卸してみた。

見つかったのは、紙の辞典類が47種類、電子版が6種類。
具体的な書名(と出版社と発行年)は末尾のリストを参照。
思ったより、少々多かった。

ほかに、高校時代の国語要覧、世界史と日本史の図説、地図帳も頻繁に使っている。
辞書ではないけれど辞書のように使っている本もあって、
辞書とそうでない本の線引きに困った。
物事を項目別に列挙、説明していて、索引が付いているか、項目が決まった
順序で整理されている本を便宜上、「辞書類」と呼ぶことにしたけれど、
どちらに入るか微妙な本がやはり発生する。
なお、地図やガイドブックは基本的に入れていない。


紙の辞典類:47種
『デイリーコンサイス国語辞典』三省堂 1991年
『類語国語辞典』角川書店 1985年
『角川漢和中辞典』角川書店 1959年
『新版 漢語林』大修館書店 1994年
『新 歳時記』(全5冊) 河出書房 1989年
『古語辞典』講談社 1979年
『三省堂ポケット四字熟語辞典』三省堂 2000年
『故事ことわざ辞典』旺文社 1984年
『「死語」コレクション』講談社 1996年
『空の名前』光琳社出版 1992年
『評解 名句辞典』創拓社 1990年
『ジーニアス英和辞典』大修館書店 1988年
『絵でひく英和大図鑑 ワーズ・ワード』同朋舎出版 1993年
『THE OXFORD MINIDICTIONARY OF FIRST NAMES』1986年
『英語歳時記 雑』研究社 1969年
『マザー・グース事典』北星堂書店 1986年
『新仏和中辞典』白水社 1982年
『新伊和辞典』白水社 1981年
『アルファ独和辞典』三修社 1989年
『新華字典』商務印書館 1998年
『理科年表』丸善 2011年
『街・里の野草』小学館 1997年
『生物事典 四訂版』旺文社 2003年
『宝石の写真図鑑』日本ヴォーグ社 1996年
『色の名前ポケット図鑑』主婦の友社 1994年
『色の手帖』小学館 1987年
『資料 日本歴史図録』柏書房 1992年
『たべもの日本史総覧』新人物往来社 1992年
『昔話・伝説必携』学燈社 1991年
『図説・日本未確認生物事典』柏書房 1994年
『図解服飾用語辞典』鎌倉書房 1970年
『洋服地の事典』みずしま加工 1981年
『染織標本集 上』日本和装教育協会 1985年
『四訂 食品成分表』実教出版
『食材がわかる本』講談社 1995年
『カクテルポケット図鑑』主婦の友社 1996年
『オペラ・オペレッタ名曲選』音楽之友社 1993年
『バレエ101物語』新書館 1998年
『バレエ・ダンサー201』新書館 2009年
『ベッドサイドの数値表 第2版』学習研究社 1990年
『看護技術プラクティス 第2版』学習研究社 2009年
『家庭の医学 緊急編』大創出版 2011年
『税務・法務必携データポケットBOOK』清文社 2008年
『いざというときの手続きハンドブック』PHP研究所 2007年
『新・手話辞典』中央法規出版 1992年
『超訳「哲学用語」事典』PHP研究所 2011年
『HTMLタグ辞典 第4版』翔泳社 2001年

パソコン内辞典(電子ブック版、CD−ROM版):6種
『国語大辞典(新装版)』小学館 1988年
『プログレッシブ英和中辞典 第3版』小学館 1998年
『プログレッシブ和英中辞典 第2版』小学館 1993年
『広辞苑(第四版)』岩波書店 1991年
『逆引き広辞苑』岩波書店
『新英和・和英中辞典』研究社 1994年

準リファレンス本(辞書ではないが辞書のように使っている本)
『日本庭園の伝統施設』東京農大出版会 2001年
『モチーフで読む美術史』筑摩書房 2013年
『京都服飾文化研究財団コレクション ファッション 18世紀から現代まで』タッシェン・ジャパン 2002年
『図説 イギリスの生活誌』原書房 1989年
『道具が語る生活史』朝日新聞社 1989年
『世界の民族衣装』平凡社 1985年
『200CD&LD オペラの発見』立風書房 1995年
『これだけは見ておきたいバレエ』新潮社 1996年


【3月3日追加】
紙の辞典類:47種→48種
『紋切型辞典』岩波書店 2000年
準リファレンス本
『十八世紀パリ生活誌』岩波書店 1989年

4

2018/1/3  21:37 | 投稿者: 時鳥

バイオアートの本を探していたら、岩波洋造さんの本が見つかった。
探していたのは、バイオテクノロジーの技術を使ってアート作品を作る
近年のアーティストたちを紹介した、2016年に出版された本だったのだけど、
見つかったのは1991年に出版された『バイオアート 生命のデザイン』だった。
著者はアーティストではなく、植物を研究する大学教授らしい。
これはこれで面白そうだったので、借りてくる。

岩波洋造さんは花粉の生理学を専門とする大学教授(当時)で、毎日のように顕微鏡を使って研究を行っている。
ある日、学生が片付け忘れたプレパラートを何気なく顕微鏡でのぞいてみたところ、そこに思いがけない不思議なかたちが見つかった。
以来、何十年もかけて、これぞという顕微鏡写真を集めた。
後には、組み合わせてモンタージュ写真を作ったり、色を塗ったりしたアート作品も制作しはじめた。
この本は、そうしたバイオアート作品の画集である。

パウル・クレーやモンドリアンの抽象画のような作品がある。
ワンピースや壁紙にしたら面白そうなパターンがある。
曼荼羅か仏画にありそうな模様がある。
知らない国の文字みたいなのは、ヤブカラシの巻きひげ、
カーテンに採用したいパターンはトウモロコシの実表皮、
千代紙で見たようなのはグミの葉の毛。
顕微鏡写真が、こんな風に面白く見えるものだとは知らなかった。
ご本人の作風なんだろうけど、やっていることは尖っているのに、
作品の印象は実直で古びた趣があり、どこか懐かしい。

ネットで検索すると今もご存命のようで、Facebookのページが見つかった。
https://www.facebook.com/iwanamiyozo/


神さまが隠した絵を顕微鏡の中に探して、広めて数十年。
真面目に真剣に楽しんでいるライフワーク。生涯の仕事。

2

2017/8/17  7:28 | 投稿者: 時鳥

『人月の神話』という本を読む。
人月は、にんげつ、と読む。
作業量を見積もる時に、一人でひと月かかるなら1人月、一日かかるなら1人日と見積もる。
一種の単位だが、人と月が掛け算で計算できるように見えるのが曲者だ。
4人月の作業を4人でやったら1ヶ月で終わりそうに見えるが、実際にはそんなことは滅多になくて、個人的な感覚では4人なら2ヶ月はかかる。
作業には順序があって、同時進行できないことが多い。また、人が増えればそれだけコミュニケーションのコストがかかる。
それを無視して、人と月が交換可能であるかのように思わせる「人月」は、「間違った危険な神話」だと著者は言う。

ブルックスの法則
「遅れているソフトウェアプロジェクトへの要員追加は、さらにプロジェクトを遅らせるだけだ」

人月の神話も、ブルックスの法則も、あまりにも的を射ていて、苦笑する。
笑った後にがっくりとするのは、これが1970年代に書かれた本だと言うことだ。
40年経っても、状況はほとんど変わっていない。
技術の問題ではなく、人間の問題なのだ。

プロジェクトが遅れたとなれば何か解決策を模索しなければならない。要員追加は部外者にもわかりやすい解決策だから、それが解決にならないかもしれなくてもついつい手を出してしまう。
どうしてプロジェクトが遅れたかと言えば、それは見積もるときに楽観的であったり、上司や顧客の圧力に負けたり、また作業中に病気やミスで一日ずつ地道に遅れて行ったりするためである。
つまりは、人間らしい理由で遅れて、人間らしい埋め合わせ方をする。
技術は変わっても、人間の考え方や振る舞いなんかはそんなに変わらない。
だから何十年たっても同じことが起きる。
3

2017/2/14  23:02 | 投稿者: 時鳥

マリー=アントワネットの首席侍女だった女性の評伝。
1752年に平民の家に生まれ、16歳でルイ15世の王女付き朗読係として王宮に上がり、マリー=アントワネットの侍女としてキャリアを重ねて首席侍女まで出世して、最期まで忠実に仕える。
革命後は、女子教育に力を注いで学校を作り、ジョセフィーヌの娘オルタンスやナポレオンの妹たちを教育し、ナポレオンにも深く信頼されて、レジオン・ドヌール教育学院エクアン校の初代校長も拝命する。
本当に聡明で有能で、人間として信頼のおける人だったのだろう。
手紙や回想録の端々から、そのことがよくわかる。
非常に頭のいい人だけど、それ以上に勇気や正義感やバランス感覚、誠実さ、心の温かさといった徳の高さが得がたい。

『カンパン夫人 フランス革命を生き抜いた首席侍女』イネス・ド・ケルタンギ 白水社
2

2017/1/29  22:54 | 投稿者: 時鳥

40年間、クモの糸の研究をしてきた理学博士が書いた本。岩波科学ライブラリーの1冊。
本業は別にあって、クモの糸は「趣味としての生涯の研究対象」なのだそうだ。
だからだろうか、ハンモックを作ってぶら下がってみたり、バイオリンを弾いてみたり、職業だったらやらなさそうなことに盛んに取り組んでいる。もちろん、クモの糸の性質を真面目に研究した上でのことだ。
本書に書かれている範囲内だけでも、この方、間違いなく100万本以上のクモの糸を採取している。
蚕と違ってクモの糸は、生きているクモからしか採れない。
クモは目的に応じて数種類の糸を出すことができるのだが、その中でも牽引糸という、ぶらさがって移動するときに使う糸だけを採取しなければならない。
クモの機嫌を取りながら1本また1本と採っていって、短ければつなぎ合わせて、十分な長さの糸を19万本束ねて、やっと人がぶら下がれる強度になる。
バイオリン1梃の4絃をすべてクモの糸で張るなら、4万2千本が必要になる。
趣味とはいえ、遊びではない。この上なく本気だし、想像できるだけでも物凄い労力を投じている。
この研究のために、還暦を過ぎてからバイオリンを習い始め、楽器についての文献を読み込み、既存の絃を観察し、もちろん同時にクモの糸の研究を進めて、米国物理学会の学会誌に論文を投稿して、掲載を勝ち取っている。
文章は中学生にもわかるくらいの平易で、研究や実験のエピソードは楽しい。
クモの糸には面白い性質がいくつもあって、そのひとつひとつに目が開く心地がする。
柔らかくて強いこと、水を吸うと縮むこと、クモの種類によっては紫外線によって糸の強度が増すこと、250℃程度の高温に耐えられること、などなど。
バイオリンの弦として、クモの糸がありふれた素材になることはまだまだ考えられないけれど、そういうものが作れるというのが、まずとても興味深い。世界ってまだまだ面白いことがあるものだ。

『クモの糸でバイオリン』大崎茂芳 岩波書店
3

2017/1/12  23:07 | 投稿者: 時鳥

艦長が自分好みの制服を艦の資金で誂えていた

通勤電車で読んでいて、腹筋が痛くなった。
寝る前に布団の中で読み返し、一人夜更けに笑い転げた。

著者の一人、せきしろさんは、日本語の文章の中からたまたま「57577」になっている部分を探し出すプログラムを作ったのだそうだ。
ウィキペディア日本語版のすべての文章を素材にしてこのプログラムを走らせ、出てきた約5000首から100首を厳選し、コメントをつけたのがこの本。
冒頭は、「セーラー服」の項で見つかった短歌だそうだ。
プログラムは文章の一部を無作為にひっこぬいてくる。
文脈から引き剥がされた三十一文字が差し出され、先入観なしにそこだけを読む。日本語として普通に解釈し、じわりじわりと可笑しくなる。
電車内で隣の人が読んでいる本の一節が目に入って、頭にこびりついて、離れない。その時の感じとよく似ている。
セーラー服についての記述から、よりによってこれが抜き出される奇跡。
ブリテンの先史時代が、「軍事的手段で同化吸収し、彼らの社会構造はブリ」と出世魚の物語になる飛躍力。
無慈悲で無機質で無作為な偶然短歌抽出プログラムは、まれに物凄くいい仕事をする。

なんでもない文章の一部が、実は「57577」であると突如、突きつけられる。口ずさんでみると本当に短歌のリズムで、でも内容が全然短歌っぽくない。でもリズムは短歌なんだから、短歌だよなあ、とぐるぐるする。「短歌とはこういうものである」という常識が覆されて混乱をしつつ、結局、素直に読んで、やっぱり読めば読むほど面白いってことに気付く。
もう短歌でも何でもいいや、面白いから。

本の中から、特に気に入った10首を書き抜いておく。
何か滅入ることがあったら読み返そう。

その人の読む法華経を聞きながら眠りについて、そしてそのまま(櫻間伴馬
艦長が自分好みの制服を艦の資金で誂えていた(セーラー服
念仏で救済される喜びに衣服もはだけ激しく踊り(盆踊り
「立ち乗り」を行っている最中に車のドアが閉まってしまい(ペター・ソルベルグ
暗殺を志してか、淀川に船を浮かべて日が暮れるまで(大塩平八郎
泣き言や空想ばかり書いているジャーナリストの連中が何(リシャルト・カプシチンスキ
地域では「メンチビーム」で倒しても「喧嘩慣れ度」は上昇しない(喧嘩番長
照らされて雨露が輝く半分のクモの巣だけが残されていた(くもとちゅうりっぷ
財産のキャンディを全てもらえると聞いて一時は心がゆらぐ(キャンディを守れ!
絵が付いたサンダルを履き、正月に行った時には、みんなで黒い(オモチャキッド

※カッコ内はウィキペディアの項目名。今もその文章がリンク先にあるかどうかは不明。
※twitterのBOTアカウントもあるそうです。「偶然短歌bot
※なお、この文章にも偶然短歌を2首仕込んでおきました。もっと見つかったらすみません。

『偶然短歌』いなにわ、せきしろ 飛鳥新社
4




AutoPage最新お知らせ