2019/1/25  21:42 | 投稿者: 時鳥

2018年に見に行った展示の類をざっと数えると、154となった。
複数回見に行ったのを都度カウントすると、もう12ばかり増える。
ほかに、ニューヨーク旅行で行ったところが7か所。
最近、展示を見に行きたいと思わなくなってきて、特に下期は足を運ぶ回数が激減している。

ベスト2
府中市美術館「長谷川利行 七色の東京」(6月)
千葉市美術館「岡本神草の時代」(7月)

次点:
ギンザ・グラフィック・ギャラリー「平野甲賀と晶文社」(2月)
写真歴史博物館「言葉を超えた写真家 富山治夫 現代語感」(8月)
有楽町朝日ギャラリー「下村兼史 生誕115周年 100年前にカワセミを撮った男・写真展」(9月)
ギンザ・グラフィック・ギャラリー「続々|三澤遥」(12月)

ニューヨークはメトロポリタン美術館とブルックリン植物園、
アメリカ・インディアン博物館が良かった。
ニューヨーク市立図書館も美しい。
1

2019/1/21  21:02 | 投稿者: 時鳥

忙しさに取り紛れていたら、あっという間に1月も下旬。
まだ初詣にも行っていない。
すぐ近くなんだけど、部屋にいるときは思い出すんだけど、外に出た瞬間忘れる。

こちらはぴんしゃんしております。
大変大変遅くなりましたが、ことしもよろしくお願いいたします。

去年読んだ本のベスト、感想は無理だけどタイトルだけは挙げておきます。
読了本は139冊。

ベスト5
『<インターネット>の次に来るもの』ケヴィン・ケリー NHK出版
『奇っ怪紳士録』荒俣宏 平凡社
『ヴァーチャル日本語 役割語の謎』金水敏 岩波書店
『進化とは何か』リチャード・ドーキンス 早川書房
『しらずしらず』レナード・ムロディナウ ダイヤモンド社

次点
『ジェンダーで学ぶ言語学』中村桃子(編) 世界思想社
『舟を編む』三浦しをん 光文社
『超ヤバい経済学』スティーヴン・D・レヴィット、スティーヴン・J・ダブナー 東洋経済新報社
2

2018/1/30  22:14 | 投稿者: 時鳥

去年1年に見た短編アニメーションは、200本を下らないはず。
ちゃんと記録していないから、正確な本数は不明。

まず5本。
「I Have Dreamed Of You So Much」Emma Vakarelova
「What Is Your Brown Number?」Vinee Ann Bose 2015年
「A love Story」Anushka Kishani Naanayakkara
「イメージを作る」ニーナ・サブナニ 2016年
「大丈夫だよ」鈴木沙織 2017年

次の4本。
「ロープ・ダンス」ライムント・クルメ 1986年
「15秒デミ〜ル」水野早希 2017年
「サティのパラード」山村浩二 2016年
「OBSCURE MEALS」河野成大 2017年

1月のうちに、タイトルだけでも滑り込ませる作戦。
1

2018/1/19  22:15 | 投稿者: 時鳥

建築関係の展示が3つ。

パナソニック汐留ミュージアムは、ここ20年以内の日本の住宅を扱った展示で、
20人くらいの建築家による面白い家が集められていた。
施主と建築家が密に対話してできた家たちで、
この家でなら、施主が望む暮らし方ができるにちがいないと思わせてくれる。

東京国立近代美術館は扱う年代の幅がもっと広くて、戦後70年間の日本の家を
対象としている。
流石にこちらの方が規模が大きく、広く深い。
暮らしやすそうな家もあるけれど、建築家が暴走したと思しき家も間々ある。
この家を背負っちゃったばかりに人生変わりました、っていうパワフルな家もあって、
暮らしやすいばかりが家じゃないし、人に家が合わせるのではなく、
家に人が合わせるって言うのもありなんだな、と妙に納得してしまった。
荒ぶるエネルギーが愉快。

LIXILギャラリーは、記録魔・西山夘三による、写真より細かい住宅スケッチが
狭いギャラリーに目白押しで、わんわんと唸っていて、楽しいことこの上ない。
記録魔は人類の宝。


生活工房ギャラリーでは、日本各地の忘れられた歌に息が吹き込まれていた。
歌手の松田美緒さんは土地の歌を集め、自分の中に取り込んで、紡ぎなおしている。
移民の歌、木挽き歌、長崎のキリシタンの歌。
ほこりをかぶった古い歌も、彼女が磨きなおすとまるで雨の後の雑草みたいに
生き生きと呼吸をしはじめる。
つい先週末も、両国のシアターXで松田美緒さんと土取利行さんによる
コンサートを聴いてきたばかりだ。
「唖蝉坊演歌とブラジル移民の歌」と題して、明治大正の演歌と、
移民が作った替え歌をたっぷり聴かせてくれた。

北野恒富は、戦前の大阪で活躍した日本画家だ。
これまで意識して見たことはなかった画家だけど、東京国立近代美術館にも
収蔵されているから、見たこと自体はあった。
女性像を得意とした画家だけど、京都の松園の高雅とも、東京の清方の粋とも
まったくベクトルが異なっていて、言ってしまえば凄艶。
艶かしくて、人間臭くて、きれいに塗った顔の下にあれこれ隠している。
体温、というか、体臭の感じられる女性達だ。
香りの強い大輪の花みたいで、癖はあるけれど、そこが大層魅力的。
和服美人のポスターなんかも多く描いている。
ちゃんと生身の肉体を持つ美人が、豪華な振袖をまとっていて、
一目でひきつけられる華やかな魅力がある。
毒がないから、凝視していると飽きるけれど、ポスターとしての役割は
十二分に果たしている。
1

2018/1/17  21:29 | 投稿者: 時鳥

2017年に見に行った展示の類は、ギャラリーやちょっとしたスペースでの展示や、
何回も見に行ったものまで都度数えるなら245、
同じ展示を複数回見た場合も1回とし、美術館や博物館だけを数えるなら72だった。

ベスト10
ポーラミュージアムアネックス「青木美歌 あなたに続く森」(1月)
府中市美術館「ガラス絵 幻惑の200年史」(2月)
国立新美術館「ミュシャ」(4月)
東京国立近代美術館フィルムセンター「人形アニメーション作家 持永只仁」(5月)
パナソニック汐留ミュージアム「日本、家の列島 フランス人建築家が驚くニッポンの住宅デザイン」(6月)
生活工房ギャラリー「クレオール・ニッポンの旅」(6月)
東京国立近代美術館「日本の家 1945年以降の建築と暮らし」(9月)
埼玉県立近代美術館「駒井哲郎|夢の散策者」(9月)
LIXILギャラリー「超絶記録!西山夘三のすまい採集帖」(10月)
千葉市美術館「没後70年 北野恒富」(11月)

次点
渋谷区立松濤美術館「クエイ兄弟 ファントム・ミュージアム」(6月)
ATELIER MUJI「無印良品と明和電機をくらべた」(8月)

順序は初回訪問日の順。

ポーラミュージアムアネックスは、青木美歌さんの個展で、
森の地中に潜んでいる細菌たちがガラスと化したみたいな作品たちが大勢いた。
透明で硬くて冷たいくせに、生き物らしい生々しさを持っている。

ガラス絵は、長谷川利行の作品が本当に良かった。
凄い速さで無造作に描いたのではないだろうか、雑なようでその瞬間の動きや呼吸を
的確にすくいとっている。
ガラス絵は、時間がたっても絵の具の色彩があせず、いつまでも生々しい。
考え抜いて地道に描くガラス絵もあれば、長谷川利行のようにその場を、
シャッターを切るように切り取るガラス絵もある。

持永只仁展は、人形アニメーションに使った人形達がほっこりした雰囲気で、
あたたかく、見ていてついつい微笑んだ。
晩年の1作以外は白黒アニメーションなのが、つくづく惜しい。
これはカラーで見たかった。
1

2018/1/8  19:51 | 投稿者: 時鳥

2017年に読んだ本を数えると、201冊だった。

ベスト10
『無私の日本人』磯田道史
『イノセント・ガールズ』山崎まどか
『運命の女たち』海野弘
『忘れられた女神たち』川本三郎
『カンパン夫人 フランス革命を生き抜いた首席侍女』イネス・ド・ケルタンギ
『ピーターの法則』ローレンス・J・ピーター、レイモンド・ハル
『インターネットが普及したら、ぼくたちが原始人に戻っちゃったわけ』小林弘人、柳瀬博一
『きものとジャポニスム』深井晃子
『人類史のなかの定住革命』西田正規
『クモの糸でバイオリン』大崎茂芳

次点
『それをお金で買いますか』マイケル・サンデル
『コバルト文庫で辿る少女小説変遷史』嵯峨景子
『さわり』佐宮圭

自然科学に関する本も読んでいるのだけど、ベストを選んだら
不思議に歴史ものばかりになった。

『イノセント・ガールズ』、『運命の女たち』、『忘れられた女神たち』は、
いずれも女性の列伝。18世紀から20世紀の欧米に生きた女性を取り上げている。
『さわり』は琵琶奏者・鶴田錦史の伝記、『カンパン夫人』も女性の個人伝記。
『無私の日本人』は江戸時代に生きた市井の人々を描いた3つの中篇で、
主人公たちの清廉な人柄と歴史家の著者の筆致があいまって、清い熱意にあふれている。

『ピーターの法則』は、あまりにも身も蓋もない法則なんだけど、
大変に的確で、身に覚えがありすぎて、笑うしかない。
こうもすっぱり言われると、なんかもう、物事がうまく進まない時にも諦めがついてしまう。

『きものとジャポニスム』は、欧米におけるキモノの受容と、
その影響で生じた新しいファッション、室内装飾など諸々を追いかけた本。
図書館の新刊コーナーで見つけて、瞬間的につかんでいた。

『コバルト文庫で辿る少女小説変遷史』は、かつて読んだ本の話がたくさん出てきて
楽しかったのはもちろんだけど、自分が読んでいない時代のことを通史的にたどったり、
当時の裏事情を今更ながら知ったりして、いろいろと腑に落ちることがあった。
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2018/1/7  18:55 | 投稿者: 時鳥

去年観たのは、映画と呼べるのが95本ぐらい。
チャップリンの短編映画をカウントするなら、もう10本あまり増える。
ほかにオペラやバレエや歌舞伎の映像が20本ぐらい。

見た順にベスト5本。

「この世界の片隅で」2016年 片渕須直
「ウェディング・バンケット」1993年 アン・リー
「女だけの都」1935年 ジャック・フェデー
「逢びき」1945年 デヴィッド・リーン
「イリュージョニスト」2010年 シルヴァン・ショメ

次点
「ベトナムの怪しい彼女」2015年 ファン・ザー・ニャット・リン
「グッバイガール」1977年 ハーバート・ロス
「レモネード・ジョー 或いは、ホース・オペラ」1964年 オルドジフ・リプスキー

映画以外では、
ボリショイ・バレエの「明るい小川」
歌舞伎座の「女殺油地獄」「籠釣瓶花街酔醒」
なんかが印象に残っている。

「レモネード・ジョー」は、確信犯の荒唐無稽にくらくらしながら大笑いした。
西部劇をおちょくり倒したチェコ映画。
白馬に乗った凄腕ガンマンが酒の変わりにコラロカ社のレモネードをがぶ飲みし、唐突に歌って踊って殺し合う。
同じ監督&脚本コンビによる「アデラ/ニック・カーター プラハの対決」も見た。
こちらは探偵もののパロディ。
個性的な人食い植物が出てきて、ああこれは、と思ったら、やっぱりヤン・シュヴァンクマイエルが作っていた。

「ベトナムの怪しい彼女」は、ヒットした韓国映画のベトナム版らしい。
元の作品は見ていなくて、これだけを見た。
70歳のおばあちゃんがいきなり二十歳に若返って騒動が起きる、という、
どっかの漫画で見たような展開なんだけど、口が悪くて傍若無人で顔だけ可愛い
おばあちゃんのキャラクターが強烈で、物語を力強く引っ張っている。
面白い人だ。近くにいたら凄く迷惑だし、殺意が芽生えそうではあるけれど。

「この世界の片隅で」と「イリュージョニスト」はどちらも長編アニメーション。
前者は戦時中の広島・呉に嫁いで来た女性が主人公。
丁寧に描かれた毎日の生活のすぐ隣に、空襲や飢餓や原爆がある。
やわらかで、厳しい。
後者は1950年代のアイルランドが舞台で、落ちぶれた手品師が主人公。
ジャック・タチをモデルにした手品師をはじめ、一人一人の人物が、街の空気が
とても濃やかに描かれている。
優しくもほろ苦い、ビターチョコレートのような味わいのある物語。

「逢びき」は主演女優の視線の演技が本当に素晴らしかった。

「ウェディング・バンケット」は、台湾人の祝宴にかけるエネルギーの凄まじさに圧倒された。
まじでこんななんですか、彼らの披露宴って。
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2017/1/20  23:45 | 投稿者: 時鳥

「知の回廊」展は、会期中の毎週土日の午後に連続講演会を開いていて、それを聴講するためもあって10回近く足を運んだ。
講演会は毎回違う研究者が講師を担当していて、自分の研究分野について熱く語っていた。
展示も同様で、東京大学が所蔵する学術標本の中から、何人もの研究者がこれというものを選んで、いくつかの流れの中に配置していく。
標本ひとつひとつに味わいがあって、個性を主張していて、それらが渾然一体となって「知の回廊」という展示を作っている。まるで、生態系みたいに。

「驚きの明治工芸」展は、似たような展覧会をこれまでに何回も見ているのだけど、やっぱり行けばそのたびに瞠目している。
長年かけて磨きぬいた技術と美的感性の結晶たち。
社会構造が激変した明治という時代だからこそ、これらの作品は日の目を見たわけだし、また、人材を取り巻く環境が変わったために、次の世代にはここまでの人たちは出なくなったんじゃないかと、個人的には思っている。

「観察と工作」は、大日本タイポ組合とGELCHOPによる展覧会。
有楽町の無印良品の中にある展示スペースで開催された。
三輪車をつなげたり、椅子を変形させたり、日用品をちょっと変えてみせる。
役に立たなくなった日用品の前にたたずんで、「あれ?」と思う。
何かに引っかかる感覚が得がたく、新鮮。

何かに引っかかる感覚、という点では、建築家のユニットによる「インサイド・アウト」展にも似た味わいがある。今にして思うと。
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2017/1/18  22:44 | 投稿者: 時鳥

去年一年間に美術館や博物館やギャラリーに足を運んだ回数を数えたら、269だった。
同じ展示を複数回見た場合を1回と数えるなら249。
一昨年は重複除いて290だったから、やや減った。

ベスト10
石洞美術館「スペイン陶器」(1月)
LIXILギャラリー「小池頌子 遠い煌めき」(1月)
世田谷美術館「ファッション史の愉しみ 石山彰ブック・コレクションより」(3月)
メゾンエルメス フォーラム「YOKAINOSHIMA シャルル・フレジェ」(3月)
東京大学総合研究博物館「知の開廊」(6月)
ATELIER MUJI「観察と工作」(8月)
東京藝術大学大学美術館「驚きの明治工藝」(9月)
世田谷美術館「志村ふくみ 母衣への回帰」(10月)
TOTOギャラリー・間「トラフ展 インサイド・アウト」(10月)
Bunkamura Gallery「染付古便器の粋」(12月)

最初の2つはどちらも陶磁器。
偏愛するスペイン陶器がわんさか見られて楽しかった。
小池頌子さんの作品はペルシア陶器の香りがして、見知らぬ砂漠の国から届けられた不思議な贈り物みたいな作品だった。ラスター彩の貝殻にもときめく。

世田谷美術館から、服飾関係の展覧会が2つ。
「ファッション史の愉しみ」は、常設展示室で見た作品も強く心に残っている。
小林敬生さんの小口木版画。緻密な世界が重なって、裏返って、うつろう。

メゾンエルメスからは、日本各地、世界各地に住まう、その土地の神様たちの写真展。
神楽や民俗芸能の装束をまとった人々を写す写真家の、真剣で新鮮な眼差しが見て取れる。
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2017/1/11  22:27 | 投稿者: 時鳥

「Rhizome」、「Deux Amis」、「My Home」の3作は、国立新美術館の「第19回文化庁メディア芸術祭」で観た。

「Deux Amis」は、鳥に追いかけられたシャクトリムシが池に落ちたことから始まる、短い物語。
何回見ても、あの衝撃の瞬間に出くわすたび、一瞬呼吸が止まる。
誰が悪いのでもない。運命と考えるには、あまりにもあっけない。
壊す気はなく、壊したことすら気づかず、おそらくこの先も一生気づかない。いつか逢えるはずと曇りなく、信じている。
まったく異なる世界に生きる者が出会い、友情を覚えたことが、この結末につながってしまった。
残酷な物語。行為が残酷なのではなく、悪気なくそうなってしまう、世界の仕組みというか自然の摂理がむごい。
「そうなるとは思わなかった」「でも結果としてそうなった」
加害者と被害者、それぞれの声が、天秤のこちらとそちらで揺れている。
取り返しのつかないことが、いともあっさりと起こる。この世界。

「My Home」は、シングルマザーの母親と二人きりで暮らす少年の家に、ある日、母親の恋人が入って来る。そのことで起きる揺れや混乱を、少年の視点から丁寧に描いている。
母親の恋人は鳥の頭をした成人男性で、寡黙で身体が大きい。身動きがたてる音も煙草の匂いも固い気配も、母親とは全然違っていて、少年は警戒を解けない。
悪い人ではなく、自分と仲良くしたいらしいのだが、近寄りがたい。
鳥の頭の男も森のような寝室も、現実にはありえないが、言わんとすることはとてもよくわかる。
幻想的かつ五感に訴えかける描写で、少年の心に映る風景を描いている。

「Rhizome」は、何と言うか、宇宙と生命の進化を数分に圧縮したみたいな作品。
小さな動きが繰り返され、増加し、多様性を得て、遂には宇宙を埋め尽くす。
独立した命、膨大な数の命が集まって、壮大な宇宙になる様に、圧倒される。
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2017/1/9  21:54 | 投稿者: 時鳥

去年に初めて観たアニメーション作品は、250本ぐらいだと思う。
その中で特に印象に残っている12本。

「物語たちへ」山中澪 2016年
「怪獣風呂」橋爪伸弥 2016年
「ナポリタンの夜」坂元友介 2015年
「ポップコーンは映画鑑賞がしたかった」若井麻奈美 2014年
「真逆のふたり」ティモシー・レッカート 2012年
「ギーダ」ロザーナ・ウルベス 2014年
「ルビコン川」ギル・アルカベッツ 1997年
「Rhizome」ボリス・ラベ 2015年
「Deux Amis」ナタリア・チェルニシェヴァ 2015年
「My Home」ニュン・フォン・マイ
「ダム・キーパー」2013年
「頭山」山村浩二 2002年

物語たちへ」と「ナポリタンの夜」については以前に書いたので割愛。

「怪獣風呂」は、少年とセロリの怪物が戦う話。
怪獣風呂のある街がみっちりと描かれていて、ひとコマひとコマ、コマ送りして看板の文字だのごみバケツだのをチェックしたくなる。

「ポップコーンは映画鑑賞がしたかった」は、文字通り、ポップコーンが映画鑑賞する話、というか、映画の途中で食べられちゃったポップコーンたちが泣いたり怒ったり、わあわあきゃあきゃあと転げ回ったりする話。
健気なポップコーンたちが可愛くて仕方がない。
最初で最後の映画鑑賞は楽しくって、とてもとても切ない。

「真逆のふたり」は、老夫婦が二人きりで住む家の中が主な舞台。
二人は床と天井の違う平面に住んでいて、お互い、床にいるのが自分で、天井にいるのが相手だと考えている。
180度違う面に暮らす二人には長いこと交流がなかったのだが、ふとした拍子に関わりが出来始める。
ああ、こうなっている夫婦、いるいる。

「ギーダ」では、長年、会計関係で真面目に働いてきた老女が、ある日、ヌードモデルのアルバイトを始める。自分の殻を破って、のびのびと振舞う彼女が大変魅力的。

「ルビコン川」は、昔からある論理パズルを題材にした作品。
農夫とキャベツとヒツジとオオカミが川を渡ろうとしています。ヒツジは農夫がいないとキャベツを食べ、オオカミは農夫がいないとヒツジを食べます。ボートは農夫がこぎ、他に1個か1頭だけ乗せることが出来ます。全員が無事に川を渡るには、どうしたらいいでしょうか。
というのが、元々の問題。
最初は農夫とヒツジが大人しく川を渡っていたけれど、だんだんにオオカミがヒツジの皮をかぶったりヒツジがボートをこいだりして、おかしくなってくる。
次に何が出てくるかわくわくしながら観たけれど、結局彼らが川を渡れたのかどうか、さっぱり覚えていない。

(続く)
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2017/1/5  22:21 | 投稿者: 時鳥

映画と呼んでいいものが91本。
ほか、バレエやオペラや歌舞伎などの舞台映像、シェイクスピアのテレビドラマやらが合わせて十数本。
短編アニメーションは200本以上になるので、後日、別項で。

ベスト4
「アダム氏とマダム」ジョージ・キューカー 1949年
「黄昏」マーク・ライデル 1981年
「孔雀夫人」ウィリアム・ワイラー 1936年
「居酒屋」ルネ・クレマン 1956年

次点
「ステキな金縛り」三谷幸喜 2011年
「ビル・カニンガム&ニューヨーク」リチャード・プレス 2010年

キャサリン・ヘップバーンの出演作品が奇しくも2作。
「アダム氏とマダム」はスクリューボール・コメディの傑作。
浮気した夫を撃った妻の裁判を、判事の夫と弁護士の妻が担当し、法廷で争う。
仕事でなんだかんだやり合っても、家に帰ると甘々な夫婦のやりとりが楽しい。

「黄昏」は、湖畔でバカンスを過ごす老夫婦と娘一家を、しっとりと描く。
中心となる父と母と娘の演技が非常に素晴らしい。

「孔雀夫人」は、引退した実業家とその夫人が主人公。
欧州旅行に出た二人は、徐々にお互いがかみ合わないことに気づく。
悪い人ではないがやや軽薄な妻と、質実剛健を体現したような夫の道行は、渋いもの、苦いもの、くすんだものが随所に混じる。
それも人生の味わいのひとつと思えるなら、幸せになれるのだろうけど。

「居酒屋」は、見たその時は特別面白いとは思えなかったんだけど、
後になって思い出すと、映画全体に漂う詩情が残り香のように脳裏に甦り、
ああ、いい映画だったなあ、としみじみ思う。


「一本刀土俵入」 2004年 歌舞伎座
これは、映画以外の映像でのベスト。
中村勘九郎と中村福助が主役のふたりを演じる。
主人公の力士は、師匠に見込みがないと言われ、故郷に戻されたが、どうしてもあきらめきれない。もういちど夢に挑戦しようと歩いて江戸に向かう途中、一人の酌婦と知り合う。
酌婦の彼女は、もう未来に明るいものを見出せない。二階の欄干に寄りかかって、盃を傾けながら往来を見下ろしている。
通りすがりの力士と、二階の酌婦は、触れることなくただ言葉を交わす。
夢はたぶん叶わない。
観客は気付いている。そして、彼も彼女もおそらく気付いている。
それでも約束を交わす。叶わぬ可能性の高い夢に、それでも彼女は希望を託す。
だから、夢が破れても、胸を張れない身の上になっても、信じてくれた相手のために、自分の出来ることなら何だってしようと思う。
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2017/1/3  21:53 | 投稿者: 時鳥

昨年読んだ本は、141冊ほど。

ベスト5
『私たちが子どもだったころ、世界は戦争だった』サラ・ウォリス+スヴェトラーナ・パーマー 文藝春秋社
『逃げてゆく水平線』ロベルト・ピウミーニ 東宣出版
『えーえんとくちから』笹井宏之 パルコエンタテインメント事業部
『僕は、そして僕たちはどう生きるか』梨木香歩 理論社
『翻訳がつくる日本語 ヒロインは「女ことば」を話し続ける』中村桃子 白澤社


『私たちが子どもだったころ、世界は戦争だった』は、第二次世界大戦中の子供が書いた手記を元に構成された本。
日本、ロシア、フランス、アメリカ、イギリス、ドイツ、ポーランド、置かれた立場によってこんなにも境遇が異なり、考えが異なる。
追い詰められて死んでいく若者の手記は、読んでいてしんどい。読むけど。

『逃げてゆく水平線』は、イタリアの児童文学。
想像力に満ちていて情景は美しく、語り口は楽しいのだけど、しばしば切なかったりぴりりと辛かったり。

『えーえんとくちから』は、短歌の歌集。
早春の光みたいに、淡く澄んでいて、か細いけれど確かなものを抱えている。

『僕は、そして僕たちはどう生きるか』は、小説でありながら哲学書のようでもあり。
何が正しいのか、何回か、ちょっと立ち止まって考えさせられる。

『翻訳がつくる日本語』は、翻訳物における独特の話し言葉について論じた本。
若い男性は妙に砕けた言葉で、女性は女言葉で話すが、日本人の若い男性も女性も、そんな言葉で話したりはしていない。
黒人奴隷は東北弁みたいな言葉で話すが、それは実際の方言とは異なっている。
日本人とは微妙に異なる言葉を彼らは話しているのだが、いつしかそれは、日本人が話したり書いたりする日本語にも影響を与えている。


ほか、入れようかどうか迷った本。
『カストラートの歴史』パトリック・バルビエ 筑摩書房
『コルセットの文化史』古賀令子 青弓社
『暇と退屈の倫理学』國分功一郎 朝日出版社
『アリバイ・アイク』リング・ラードナー 新潮社
『ケチャップの謎』マルコム・グラッドウェル 講談社
『ジャック・リッチーのびっくりパレード』ジャック・リッチー 早川書房
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2016/1/8  23:55 | 投稿者: 時鳥

「番付の楽しさ」は、江戸時代の番付を100枚ぐらい集めた展示で、ひとつひとつを読むと人気のおかずとか、家族模様とか、話題のスポットだとかが手に取るように分かる。
分かるとどうなるか?別に。ただ面白いだけ。

「浮世絵から写真へ」は、江戸から明治・大正にかけての視覚メディアについての展示。
普通の浮世絵や写真ばかりでなく、写真の上から油彩を施した肖像画だの、写真のコラージュだの美人コンテストの資料だのの妙なものもたくさんあって、堪能する。

「ジョン・ウッド&ポール・ハリソン」は、英国を拠点に活動する二人組のアーティストの個展で、展示作品はすべて映像作品。
大きな板をよじ登ったり滑りおりたり、机の上で鉛筆を立てたり、日常にあるものを大真面目に遊び倒している。

八木良太展も現代美術の作家の個展で、日常の何気ない音や、通り過ぎてしまう物事の前に立ち止まって、別の方向から見せてくれる。
ウッド&ハリソンにちょっと似た味わいがあるけれど、こちらはもっと自然寄りで、静けさを感じさせる。

「未見の星座」は7人の作家の作品で構成された展覧会で、淺井裕介が部屋いっぱいに描いた壁画が殊に印象深いが、太田三郎、北川貴好、山本高之、伊藤久也といった他の作家の作品も興味深く見た。
太田三郎のフィールドワークみたいなのが個人的には好き。

町田市立博物館は、明治・大正・昭和のガラス食器が可愛くて、くらっときた。
カキ氷用の赤い縁の氷コップとか、もう、中身以前に器から特別感が漂っている。
電車とバスを乗り継いで、結構遠い道のりだったけど、行った甲斐はあった。

「東欧アニメをめぐる旅」は、ポーランド・チェコ・クロアチアのアニメーション作品を個展から最新作まで、会場のあちこちのモニターで見せてくれるものだから、ほぼ閉館まで滞在した。

残りの展覧会は、過去記事で何だかんだと言及しているような気がする。

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2016/1/6  22:56 | 投稿者: 時鳥

去年、足を運んだ博物館や美術館やギャラリーなどの展示は290、同じ展示を複数回見たのを都度カウントするなら334。

ベスト1〜5
渋谷区立松濤美術館「ロベール・クートラス」(2月)
東京藝術大学大学美術館「ダブル・インパクト 明治ニッポンの美」(5月)
新宿区立新宿歴史博物館「お江戸のなんでもランキング 番付の楽しさ」(9月)
江戸東京博物館「浮世絵から写真へ 視覚の文明開化」(11月)
ICC「ジョン・ウッド&ポール・ハリソン 説明しにくいこともある」(11月)

ベスト6〜10
神奈川県民ホールギャラリー「八木良太 サイエンス/フィクション」(1月)
東京都現代美術館「未見の星座 つながり/発見のプラクティス」(3月)
ソニーイメージングギャラリー銀座「木之下晃 追悼作品展 マエストロ 世界の音楽家」(3月)
21_21 DESIGN SIGHT「単位」(5月)
町田市立博物館「和ガラスのうつわ 近代日本のかわいいデザイン」(4月)

ベスト11〜14
神奈川県立近代美術館葉山「東欧アニメをめぐる旅 ポーランド・チェコ・クロアチア」(1月)
東京国際フォーラム・アート・ショップ「丸山祐介 金属造形作品展」(3月)
ギャラリーみずのそら「辻恵子 A HEAVEN IN A WILD FLOWER」(10月)
光村グラフィック・ギャラリー「もじにぎり」(12月)

ベスト1〜5、6〜10、11〜14の中での順序は、初回訪問日の順。
ベストは「ジョン・ウッド&ポール・ハリソン」かな。
年末に2回目の訪問をして、3時間、会場に居座ったことだし。

コメントは次回か、もうちょっと後に。

小特集:年間ベスト

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