2012/7/4  20:54 | 投稿者: 時鳥

梅が咲き、辛夷が咲きはじめ、桜には少し間がある。
小糠雨が降る日曜日。
音のない雨が普段の雑音まで吸い込んでしまったのか、不思議なくらい静かだ。
公園で遊ぶ子供はもちろん、出歩く人の姿もほとんど見かけない。
極小の雨粒は、わずかな風を器用に利用して、空気中を浮いたり沈んだりしている。
さした傘の下にも雨粒は軽やかに迷い込み、ハーフコートの腕に湿り気を与える。
むき出しの指先は深さ1.5mmまでが冷え、芯までは冷えない。
大した意味を持たなくなっている傘を、思い切り、あみだにさす。
辺りがほんのりと明るむ。
雨雲が薄くなり、光を通す。
もうすぐ雨が上がるのかもしれない。

色名:Egg Shell
1

2012/6/5  7:30 | 投稿者: 時鳥

土の匂いはしない。
海の匂いも、都市の匂いも、緑の匂いもしない。
水上を渡る風とすればさして違和感はないけど、その水は湖ではない。
淀みなく流れていないとおかしい。
かといって、川では狭すぎる。
氷の上を通ってきたとするなら、透明感の問題も広さの問題もなくなるが、でも、そんなに冷たい風ではない。
どうやら、地表にいる風ではないらしい。

3月上旬の朝、8時と10時の間。
空気は冷たく、春の実感はなかなか得られない。
晴れていて、風が吹き付けないだけ、ましな方、と、マイナス要因を心の中でつぶしていく。
ふと気付くと、驚くほど日差しが明るく、柔らかい。
手を差し伸べても暖かくはなく、ひんやりした空気と光が指先にからむ。
手を翻すと、肌理のふちが光を引っ掛けて、ほのかに光る気がする。
そういう時、たぶん上空2000メートル付近を吹いている風。

色名:Baby Blue
1

2010/1/17  16:34 | 投稿者: 時鳥

絶対的な風。
風が吹いても何一つ変わらない場所で、それでも吹き殴る風。
岩だらけの荒地、氷に閉ざされた平原、動かすものが何もない土地を、巨大な空気の塊が爆音を立てて突き抜ける。
色合いは暖かだけど、それは風の温度とは必ずしも合致しない。
風が抱える熱量は、温度よりむしろ、運動エネルギーに変換される。
熱い冷たい関わりなく、生き物が本能的に直撃を避けるような、高い風圧と重さを持っている。
季節で言うなら夏または冬、寒暖いずれかの極に吹き、水分や夾雑物を含まない。
関東地方育ちの私の感覚では、真冬の風だ。

冬の夕暮れ、弱いながらも暖かだった日差しが薄れて、風が強まる。
地の果てまでみっしりと建築物が立て込む、その先から、地上45階の展望台めがけて、体当たりを仕掛けてくる風がある。
分厚いガラスは小揺ぎもしないが、轟音はガラスを超えて耳に届く。
どこにもぶつからないでここまで来たみたいな風だ。
ここにある展望台のほうが間違っているように思えてくる。

色名:Chinese Orange
2

2009/5/31  22:38 | 投稿者: 時鳥

ビルとビルの間を狙って落ちてくる風。
夏の午後、朝方は晴れていたのに、いつのまにか重たげな雲が湧き出て、妙に薄暗い。
風は湿っているくせに日差しの温度を抱えている。
夕立の先触れみたいな雲と風だけど、雲の色合いからして降りだすまではまだ間がある。
今後の展開は2種類考えられる。
ひとつは、より重くより黒い雲になって、夕立になるパターン。
もうひとつは降らず、小康状態を保っていずれうやむやになるパターン。
こちらも願いを決めかねている。降らずに済んで欲しいのも、潔く降った後の夕焼け空を見たいのも、どちらも本心だ。
横断歩道の真ん中で、あやふやな空をあやふやな気持ちで見上げる。
そんな悩みは知らぬげに、落ちてきた風はどちらともとれる顔のまま、吹き去って行く。

色名:Blue Violet
0

2009/5/15  23:13 | 投稿者: 時鳥

一月。
晴の特異日と呼ばれる日は、太平洋側では一月に集中している。
今年も朝から、いや、数日前からずっと快晴が続いている。

毅然と晴れた空の下、端整な風が吹いている。
季節や天候の変化を運ぶ風ではない。
今が真冬で快晴で寒の内で、つまりは、この気候が当分続くことを宣言している風だ。
風なのに曖昧さがなく、妙に折り目正しい。終日、吹きむらがない。
気紛れが信条の風がこんなに生真面目だなんて、風の風上にも置けやしない。
他の風からはそんな風に評されて、煙たがられてさえいそうだ。
そんな風が、淡々と吹いている。

真っ先に連想したのは寒さの盛りの風だけど、暑さの盛りの風にも実はなりうる。
7月終わりから8月はじめにかけて、日盛りに吹きつける熱風も似た性質を持っている。

色名:Pine Tree Green
0

2009/5/4  17:47 | 投稿者: 時鳥

平日の夜、宵からも夜中からも遠い時間に、地下街にいる。
駅とつながっている地下街だ。
改札口から少しだけ、徒歩5分以内の距離だけ離れているが、屋内か屋根のある場所ばかり通るので、雨の日でも濡れずに行ける。
買い物には遅い時間だから、ショッピング街は基本的に閉店していて、本屋やドラッグストアなどの例外的な店のみが開いている。
レストラン街は営業中だが、今いる場所からは離れていて、ざわめきは心持ちしか届かない。
駅に通じる通路のひとつだけど、本流ではないので閑散としている。
店からこぼれる明かりはなく、光源は通路の天井照明しかない。
端の曇った蛍光灯のような光が辺りを満たす。充分に明るいが、くすんでいる。
空間全体に、うっすらとした疲れと倦怠がにじむ。いつもの夜、いつもの疲れ。

地上に通じる細い階段が、あちこちで口を開けている。
階段は地下街よりも薄暗く、寂び返っている。
階段下で立ち止まる。
薄暗い階段の果てから細い風が吹き込み、地下街の停止しかけた空気に波紋を起こす。
池に投げ込まれた小石のように、風の波紋はしばらくの間、地下街を行きつ戻りつする。
地下街の空気をゆるく混ぜ、揺り動かした後、空気に溶け込む。
溶け込んで静止するより先に、次の風が地下街を訪れる。
意識を広げると、空調のうなる音が聞こえる。

色名:Baby Blossoms
0

2009/4/11  13:46 | 投稿者: 時鳥

車を洗うとか、網戸を洗うとか、玄関先のタイルを磨くとかの作業をしている。

春か秋、あるいは凌ぎやすい夏の日の午前中。天気はよい。
数週間前から、心の隅で気にかけていたけれど、なかなか踏ん切りがつかず、先延ばしにしていた作業がある。
この日、部屋に流れ込む空気と光に触れて、今日こそはその作業をやろうと決める。

作業は露天で行なうもので、水を使う。
けれど、水撒きや雑草取りではない。
もっと人間都合の作業で、やらないならやらないで別段、支障はない。
ただし、やらないと何となくすっきりしないし、やれば必ずすっきりする。
そういう種類の作業だ。

汚れても濡れてもいい格好で外に出て、水を使う。
汚れてぬれて、楽ではないのに、心のどこかが楽しんでいる。
忙しく立ち働いている最中、風が吹く。
自分が汗ばんでいることに気づく。
背中を後押しされたと感じる。

色名:Ultramarine
0

2009/4/3  22:55 | 投稿者: 時鳥

三月上旬の早朝、ちょっとした用事があって家を出る。
ポストに新聞を取りに行くよりも、遠いところが目的地だ。
荷物らしい荷物もないから、ごみ捨てでもない。
人と顔を合わせることは想定していないから、コンビニでもない。
角のポストに手紙を出しに行くとか、紙パックのフルーツ牛乳を自動販売機に買いに行くとかのささいな用で、服装も、部屋着の上からいつものジャケットを軽く羽織ったぐらいの軽装だ。

表に出て、まず、明るさに少しびっくりする。
ついこの間までは真っ暗だったのに、ずいぶん夜明けが早くなった。
人気のない静かな道をさくさくと歩く。
この時期にしてはやや暖かい朝で、あるかなしかの微風が吹いている。
硬貨か封筒を握り締めた左手を、やや大きく振る。
頬に触れる風はまだまだ冷たいが、光るものや暖かいものの欠片を既に含んでいる。
早春早朝の風は控えめで初々しくて堅くて、緊張感があるのに、端っこが少しだけ綻びている。

色名:Mimosa Yellow
0

2009/3/22  19:03 | 投稿者: 時鳥

時期は処暑と白露の間。日付で言うなら8/23ごろから9/8ごろまで。
時刻は午後3時から午後4時。
残暑なんて下り坂の表現が全く似合わない、炎暑が続いている。
今日も朝からよく晴れて、空には立体的な雲が湧き、影はくっきりとした輪郭を描く。
強い陽射しは縁石の白く乾いたコンクリートに跳ね返って、眼の底にきつく食い込む。
残像を避けて、建物の影を選んで踏んで、歩いていく。
時折すれ違う風は熱風だけど、皮膚表面の空気が動くだけでも心地よさを感じる。
空も光も空気も地面も、まだ夏だと言っている。
これから先も、暑さは続くと言っている。
名前はともかく実体は、夏の終わりとさえいえない時候、夕暮れというには早すぎる時間帯、通りの向こうから熱風が小走りでやってきた。
正面から勢いよくぶつかって背後に吹きぬけた後、ふっともの言いたげな隙間を残していく。
何かを言い残したような、ためらいに似たものが漂う。
思わず振り返って、風の痕跡を視線で追いかけた。
強気で、衰えなんて考えてもいないように見えて、実はちゃんと自覚しているらしい。

色名:Carmine
0

2009/3/16  23:47 | 投稿者: 時鳥

地上7階を吹いている風。
雲を動かすのでも、道行く人の足元を通り抜けるのでもなく、
非常階段の日向に足を踏み入れた途端、身体にぶつかってきたり、
病院の屋上で一日中、洗濯物をはためかせていたりする。
緩急が少なく、一定の強さで吹き続けている風で、意識に上る頻度は
さほど多くないものの、気分の浮き沈みには意外に関わっていて、
しばしば驚かされる。

生誕の地は、地平線を3回越えた場所にある。
遠いけれどはるか彼方ではなく、想像がつく範囲の遠い場所で生まれた。
生まれながらにか定まった目的地を持ち、その場所へ向けて無駄口を叩かず
吹き進んでいる。
そこそこ先を急いでいるが、旅行者ほどの緊張感はなく、気軽な雰囲気がある。
服装もよそ行きではないけど、近所に買い物に出かけるよりは固い身なりをしている。
手入れの行き届いた着慣れた服で、ちょっと遠出に出ているような風だ。

中距離走の選手や快速列車にやや似ている。
出発点に立った時点で、終着点が明確に意識できる距離にある。
目指す一点を見つめながら、そこに到る道筋を、冷静に、ペース配分して
進んでいるような様子が、おそらくそれらを思わせるのだろう。

色名:Horizon Green
0

2009/3/14  1:26 | 投稿者: 時鳥

立春から数日後のよく晴れた日。時間帯は午後、12時半と2時半の間。
中学か高校のグラウンドにいる。
晴れた空からは陽射しが降り注ぎ、風が緩く吹いている。
陽射しは全力を尽くしているのだけど、熱量を致命的に欠けているから、
風は、太陽の熱だけでは暖まりきれない。
足りない熱を地面が補っている。

植物がなく、剥き出しの地面は土と砂の間の素材でできていて、
灰色と黄色の間の色をしている。
競技場でも河川敷でも小学校の校庭でもなく、中学か高校の運動場だ。
殺風景で、用途が決まっていなくて、使えば様々に使えるけれど、
使われない時はいつだって放心したような顔をしている場所である。
か弱い陽射しと空っぽの平皿みたいな地面がいる空間を、風が静かに渡っている。

色名:Buttercup Yellow
0

2009/3/14  1:22 | 投稿者: 時鳥

2週間ほど前、コピックシリーズのカタログを入手した。
コピックシリーズは株式会社Tooのマーカーで、カタログにはシリーズに含まれる322色の色見本が載っていた。
次の日、風が吹くのに触発されて、カタログを広げ、「茄子色の風」という文章を書いた。
色を風に変換する作業が予想以上に面白かったので、何回かやってみることにする。

≪進め方≫
コピックシリーズのカタログを用意する。(2008年8月改訂版を使用)
掲載された322色から任意の1色を選び、その色の風について一筆書く。
タイトルは「風色 (カタログ掲載の色コード)」とし、色名は本文中に入れる。

色コードはアルファベット1〜2文字+数字1〜2文字から成る。
アルファベットは大まかな色相を表し、有彩色はBV(青紫)、V(紫)、RV(赤紫)、R(赤)、YR(黄赤)、Y(黄)、YG(黄緑)、G(緑)、BG(青緑)、B(青)、E(茶)の11種類、無彩色はC(クールグレー)、N(ニュートラルグレー)、T(トナーグレー)、W(ウォームグレー)の4種類、ほか、F(蛍光色)がある。
数字は下1桁が小さいほど色が淡い。

色名ではなく、あくまでも色から想起する風を書く予定。

参考:
コピックカラーシステム
http://www.too.com/copic/products/color.html
コピックRGB近似データDLページ
http://www.too.com/copic/download/
0

2009/3/2  23:29 | 投稿者: 時鳥

朝。ビルの間から吹き降ろす風に向かって歩く。
背筋を伸ばして、「風の色」という言葉について考える。
風に色があるのなら、色にだってそれぞれの風があるのかもしれない。

部屋に戻り、昨日、東急ハンズでもらってきたマーカーのパンフレットを机の上に広げる。
裏面に載っている322色の色見本から、1色を選んでみる。
風とは縁遠そうな色にしてみたかったので、寒色や淡い色を避ける。
選んだ色は、Aubergineと名付けられていた。茄子色だそうだ。
この色が持っている風は、どんなだろうと考える。

夕暮れか夜早い時間、一人で部屋にいる。ひょっとしたら長すぎる昼寝から目覚めたところかもしれない。
部屋には明りはなく、闇が迫っている。けれど、闇の隙間にまだ光の気配が残っている。
部屋には火の気もない。気温は低いけれど、人間が日々暮す場所に自然に染み込む、温度のような、湿度のようなものを空間が抱え込んでいるので、気温よりはやや暖かく感じる。
感覚を少しだけ広げると、2部屋か3部屋向こうで何人もの人の気配がする。
明るさと暖かさも何となく感じる。
具体的な風にならない、ほのかな空気の流れ。気配とか匂いに近いもの。
考えるより先に惹かれて、薄闇の部屋を歩きはじめる。

例えばオーベルジーヌは、風にするならそんな形をしている。

参考:●オーベルジーヌ
0




AutoPage最新お知らせ