【標記のとおり,特定の魚種についての限定された空間での人為的影響下における行動であることを踏まえて】
gupの成魚オスというのはいかにもアタマ悪くて,「寝る」と「食べる」以外はメスを追っかけることしか考えてない,としか思えない.で,メスにアプローチする際の,最も典型的なやり方が体をグイッと曲げて固まって震えながらにじり寄る(上からみるとS字に曲げる= sigmoid display)というあれである:
この姿勢のまま,しばらくビリビリビリってやった直後にピョンって違うほうに方向転換して跳ねるように泳ぐわけだ.このとき,ヒレを大きく広げるやり方ときゅっと絞るやり方と二通りあることがよく知られている.鑑賞上はキレイなヒレをおっぴろげてぴかぴか・ぐいぐい迫るのが見栄えがするし,テトラ類などの他の小型魚種においてテリトリー確保のための体側誇示である「フィン・スプレッディング」という行動は有名なので,飼育者としてはこちらでお願いしたいところである:
だが,それこそ一日中頻繁にみられる求愛行動の多くでオスのヒレはキュっと絞られているのであったりする:
まぁフィールドにいる野生個体のオスの多くはヒレに色なんてほとんどついていないので広げていようが閉じていようが関係ないようにも思えるが,まぁきっとイロイロな意義があるんだろうなぁ〜....と誰しも思うわけであった.で,gupの求愛行動については,特に1970年代にドイツの James A. Farr という研究者がこれをアクアリウム実験で熱心に取り扱い,他の研究者の成果も交えて詳細な研究発表を行っている.その結果からイロイロ示唆して,楽しい持論を展開しておられる.氏のお考えだと:
たとえば,ショートテールで点々模様のgupを使って,10リッターくらいの容器においてオス・メスをペアでパッと出会わせて求愛行動をさせると,その半分あるいはそれ以上の割合でヒレを閉じたディスプレイが行われ,それはヒレを広げたディスプレイよりも時間が短くて「しつこくない」のだそうだ....ところが,意外なことにオスのヤル気とか元気はどっちをやるかにあまり関係がないらしく,オスがそれまでにナンパに成功したか失敗してきたかも,次に出会ったメスに対する求愛行動の回数とそのやり方にあまり影響しなかったりするようだ.
では,オスが何をもってヒレをどうするかを決めるか?というのは,実はメスがオスに対して「受け入れる雰囲気」か「あまりお呼びじゃない」か,あるいは「全然イヤ」か,ということに支配されているということだ.まず,メスがオッケーのときは,オスはヒレ広げで頑張って確実な繁殖行動に至る.もし,メスがあまり乗り気じゃないときには,オスはヒレを閉じてアプローチする.なんと,このやり方は「メスの拒む気分や敵意を懐柔してお許しいただきやすくする」という効果を持つことが示唆されており,なかなか難しい局面でもメスをヲトして繁殖に至る可能性を上げるのだそうだ.また,最初っから全然ダメなときは強行突破をはかる.とりあえず,オスがメスにヒレ閉じでじわじわっと行くと,そのメスが受け入れる気分か否かをとりあえず推し量ることができることになるらしい.
つまりオスはこのようにアプローチに際していくつかのオプションを持っておくことにより,いかなる場合にも繁殖の成功率を上げるほう,上げるほうに頑張るのであった.
この記事のタイトルにしたとおり,小川や池で泳ぐ何百・何千という野生個体群の場合と水槽の少数×少数,あるいは一対一の場合,その行動は大きく異なるので,飼育下の行動は必ずしもgupの種の分化を解き明かすための重要な学術情報とならないこともある.氏の議論においても,どの方法であれ求愛行動の頻度にはあまり差がないようなので,繁殖の成功率ということでは(とくにフィールドでは)大きな要因とはならないのかもしれない.1980年頃までに氏ご自身が総括した以降,この closed display と open display の議論は,進化生態学の世界ではあまり見られないようだ.
だが,わしら愛好家にとっては水槽内のパーフォーマンスこそが鑑賞上重要なのであり,ディスプレイはヒレを大きく広げてやってほしいものであるが,まぁ半分かそれ以上の割合でオスはヒレを絞ってビリビリビリってやってしまうのであった.上述のお説に従うなら,タンク内をムーディにレイアウトしてメスの気分をいつもイケイケにしておけば,オスはいつも良い仕事してくれるのではないだろうか....というのはちょっと通俗的に過ぎる想像だろうか.....
今日はちょっとブレ・ボケの画像ばっかりだなぁ....ビリビリのシーンを撮るのは難しい.....う〜む,それにしても,どうもこういう議論を展開すると,(内容は学術的なはずなのに)品格が損なわれてしまう傾向がある.いや,知的な話題とちゃうか?

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