2018/8/30

ちびちびさんと私  
 私はコドモがちっこい頃の観察日記をちびちび本と題して同人誌に描いていたんだけど、小学校に上がる頃になったらわりと個性と個人の主張がはっきりしてきたんで、そろそろ親がツッコミ入れるのは野暮かなって事で終了しました。
 今でもイベントで「その後は描かないの?」と聞かれることがあってそれはとてもうれしいんだけど、たぶんそこそこ大きくなると、親に見えることなんて思考のごく一部だからね〜、私が勝手にキャラにしちゃうのもはばかるんですわ。

 そんなちびちびさん、りっぱなオタクになって今では私のトーン貼りを手伝ってくれるほどなんですが、腐女子的な好みのズレがわりとはっきり判っているので住み分けもしやすい。
(昔に較べて漫画や小説の幅ってすごく広がったと思うけど、今世紀になってタグ付けってものが出てきてくれたおかげで、好みのカテゴリ別けがされやすくなったよね)
 でもって好みの守備範囲ってだけじゃなくて、たぶん年代的なこだわりというか主義みたいなものがあって、それは私にはわからないんだけど多分今の10代20代くらいの人が持っている感覚なんだなーと思うのだ。外から見た感じだと「優しさ」と「忌諱」を混ぜたようなふわっとしたもの。
 自分が経験していないので正しく知ることができないけれど、コドモはそういう感覚を持っている人なんだな、と教えてもらえることはとてもありがたい。

 私は子どもの頃、親が漫画を描く事をとても嫌っていて「そんなものを描くのはみっともない、恥ずかしいこと」「漫画の話を考えるのは嘘を考えるのと同じこと」と長く言われてきたんだけど、自分にとっては「言いたくても表現する言葉を持たない感情や状況を、架空の話や人にあてて経験・代弁してもらう」ことが漫画描きだったので、結局止めることが出来ませんでした。
 でも多分親の世代にとって、紙に絵の形でそんなまどろっこしく、ずばり一言で言えないようなもやもやした感覚を描くという事が、理解できなかったんだろうと思います。時代もとにかくスピードが大事って言われてた頃だったし。

 世代の差っていうのは、そういう見えない感覚との戦いなのかもなあ、とばっちゃはしみじみ思うのよ。
4

コメントを書く

名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ