2019/9/27

世界設定と伏線回収  
 まえ〜に漫画「約束のネバーランド」を読んで、カズオ・イシグロの「私を忘れないで」を彷彿した日記を書いたのだけど、約ネバの方は少年漫画らしく現状を打破するために主人公が四苦八苦するところに燃えたので大好きなんですわ。

 その作品が実写化するらしくてSNSに写真が上がって、やっぱりファンの間で阿鼻叫喚が遠くから聞こえてきてるんだけど、遠巻きにでも原作では12歳の子供たちが17歳に設定されてしまったというあたりでさもありなんと納得。

 ざっくりな話なんだけど
シリアスな筋のある物語って基本「主人公にとってマイナスな状況」を打破する流れがあると思う、話が大きくなるときは主人公にとっての逆境打破がその外側の世界にとっての問題解決と重なることでドラマが始まって決着するっていう。
 なので世界設定の「ここを変えたらもう別の話」ってツボはあると思うんです、
…ハガレンでエドたちが腕と体を失わないでただのすごい錬金術師なだけだったとか、
アストラで宇宙での遭難が無くSF学園ものとしてキャラの恋と成長だけ描くとか。

 もちろんそういう小振りな話が悪いってんじゃないけど、もともとある壮大な話の壮大原因を取っ払ったらめちゃくちゃつまんないジャマイカと思うのよ。
 約ネバの一番のツボって「経済動物として飼われ育てられていた子供たちの逃走と自立」(今のとこ)だと思うんだけど、人が幼年期を終えて自分は一人の人間だと気がつくのって第二次性徴前後やないですか。12歳って子供の時代が終わる前に出荷しなくては、飼育する側からすればもう敵の一種なんじゃないかなーと…

 物語の設定、特に土台の部分を気安く壊してしまう感覚って、このところちょいちょい出ていた「物語の伏線を回収するのにこだわるべきではない」って意見に通じると思います。

 時限爆弾が出て主人公が関わってしまったら、とりあえず爆弾無効化するとこまで描こう。
 身内が誘拐されたら取り返すメドがつくまで主人公に関わらせよう。
 遭難したら帰りつくかおっちぬかせめて結局どうなったのか描ききろう。

 そりゃ現実では、爆弾が爆発して誘拐犯は逃げおおせて遭難者が見つかるのは翌年の夏白骨でってこた多いだろうけど!物語がそれじゃああまりにだらしがないじゃないか、書き手が。
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