2020/1/5

年賀状雑考  
 普段親戚の年賀状は季節の挨拶儀礼と思っていたんだけど、今年は一人だけ今の時勢の不安と希望に触れた短い言葉を添えてくれた人がいて、ほんとうにほっとしたんですわ…

 私はかなりしょんぼりしてきていたもんで、ジェンダー格差や嫌韓の風潮、教育の機会や働く人の権利の問題やら、心配事がボタ山のように年々増えてきて正直「あけましておめでとう」と書くのも嫌だったんですが、親世代にこんな話題をちらっと振ってもずっと「何を大げさに心配してるの」って反応だったんです。
 話に触れてくれたのはここ数年会っていない親戚の方だったのだけど、思えばお正月の挨拶に「心配事はあるぞ」とちゃんと話してくれる身内がいるのはなんとありがたいことかよ。

 同世代でも話ができるのは姉や一部のおたく仲間くらいで、普段身近につきあっているおかん友達も、私が話を振るよりも「娘が韓国旅行なんかに行って困ったものだ」とか「法律が変わるくらいで香港の暴動は大げさ」とか話しているんです…

 そういう時はせいぜい
「BBCやCNNのニュース見たら、韓国が日本を批判する報道の時は『日本政府はああしたこうした』って主語で話しているけど、日本のニュースでは韓国の政治家の発言を『韓国はこうしたああした』って主語で話しているやん。
 要は、韓国の人は日本が厄介な行動をとっても、それは政府の方針であって日本人の総意ではないって線をひいてくれているけど、日本の報道では韓国政府の方針を韓国人全体の行動のように語っているから、嫌韓意識が植え付けられてしまうんでないかい」
ってとこからボヤくしか出来ないんだわ。

 私はそういうのってメディアの質の問題だと思っているんで、日本の報道の伝え方にはすごい不満があるし、リテラシーを学ぶ機会もないまま香港の人を叩く話を聞かされるとぶりぶり腹をたてます。

 でもぶりぶりしてるばかりで年に一度の挨拶でそれを話す勇気があったかというと、まったく思いつかなかったことにものすごく反省。
 たぶん私と意見の違う人でもそんな挨拶を見たら「こういう事に腹を立てるタイプの人なんだな」とスルーしてくれるだろうし、昔絶縁された友達のように「なんだとパヨクめ火傷るぞ非国民」って怒る人は、そのまま縁をきるだけだろうから、残念だけどそれはそれで自然なつきあいってもんなのかもしれない。

などと葉書を見ながらしみじみ思った次第です。
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