2020/10/26

春先のイタリアの本  
「コロナの時代の僕ら」パオロ・ジョルダーノ著/早川書房 読了。
 数学者兼小説家の春先のコロナレポート。ひと月分のブログのような感じで、一番の読み所はあとがき。コロナとの生活を経験し始めた当初から今に至るまでのことを忘れたくない、と列挙した言葉が秀逸。
 でもイタリアが医療崩壊によるパンデミックに襲われるのは多分この少し後なので、読んでいてかなり忍びない。

 彼我の感覚の違いを考えるに、日本のケガレ・モノイミのあの感覚は、コミュニティでのスキンシップや活動を基本にするイタリア社会と維持の作法がすごく違っていて、ツラいと感じる部分が離れているんだなと思った。
 ただ感染症対策のイロハがきっちり書かれていると思って読んでいたけれど、基本ウィルスが変異していくうちに自然に弱毒化されていくことが前提のような見解はどうなんだろうと感じる。私は医学をぜんぜん知らないのでそういう事が普通なのかどうか知らないけれど、ハシカとか百日咳とかむか〜〜しからある感染症も知らない間に消えていったりしないで、ワクチンを広げる事で蔓延を防ぎ続けている訳で。
 本書でもSIRモデル(S=感受性人口 I=感染人口 R=隔離人口)で調査分別していこうと冒頭で言ってるけれど、終盤では「やむ」事を前提に凌いでいこうという口調になっているのは逆にツラくないだろうか。
 ツラいだけでなく同じ時間、医療現場で戦っている人やそこで必要な物資に対する目配りがおろそかになっていきそうで、それがこわい。
 一つ一つ対応するための行動を積み重ねることでしか、絶望から逃れる方法はないんじゃないだろうか。希望と魔法と幸運は、計画に入れるものじゃない、あったらいいなと思うけどさ。
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