Let Me Talk about Greg Egan #4

2015/4/5 | 投稿者: ghost

注)本連載はグレッグ=イーガン作品のネタバレを含む恐れがあります。本稿を読んでもイーガン作品を楽しむ邪魔にはならないと思いますが、ご自身でボクと同じ(または異なる)解釈に至りたい方は読まない方がいいでしょう。

<<前回のお話

益々ディープになって話している本人も何を言っているのやらわからなくなりつつある本シリーズの第4話である。


<Let Me Talk about Greg Egan #4>

それはともかくとして、既に昨日の話となるのだが、スイスから来日中のYouTube友達であるサミュエル君、および同行のお母様(!?)のガイド役を買って出て、奈良東大寺と伏見稲荷を巡って来た。

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<右:サミュエル君、左:お母様>

彼らが来日することを知ったのはつい先週のことなのだが、奇しくもこのようなビデオシリーズを作り出して幾分頭が英語モードになった気分がしていたので、後先考えずにこのミッションを請け負ったのだが、サミュエル君もお母様もトラベラーズハイでは説明できないほどにナチュラル・ハイ・テンションな母子で、一日中何やかや言いながら歩き回ったら、こちらはもう処理能力いっぱいいっぱいで脳が煮上がってしまった。やはり、原稿を書いて話すのと、リアルタイムの会話とでは勝手が違うなぁ。


<動画原稿日本語訳>

二〇二十四年、ボストンの神経外科医ジョン・ヴァインズが、完全な意識をもつ自分の<コピー>を、完成度の低い仮想現実の中で走らせた。現実時間でほとんど三時間がかりで(脈拍を急上昇させ、呼吸亢進に陥り、ストレス・ホルモンを多量に分泌しつつ)、史上初の<コピー>が発した第一声は−「これは生き埋め同然だ。気が変わった。ここから出してくれ」
『順列都市』 第3章より

グレッグ=イーガンについてお話しします。ここに『順列都市』の日本語版があります。1999年に、上下巻で出版されました。日本語では、このような二分冊の前半部を“上巻”、後半部を“下巻”と呼びます。ちなみに邦題は「じゅんれつとし」になります。さぁ、みなさんご一緒に「じゅんれつとし」……順列はpermutationを意味する数学用語、都市はまったくそのままcityです。まったくの直訳なのですが、詩的な響きがあり、私はとても気に入っています。

さて、本日の話題は「なぜ『順列都市』が究極なのか」についてです。ええ、私は今でもこのほとんど狂気に近いプロットを初めて読んだ際の、強烈な衝撃をはっきりと思い出すことが出来ます。一方で、少なからぬ人がこの物語では何が起こっているのかわからない、と言っていることも知っています。日本の有名なSF作家さえもがそう言っているのを聞いたことがあります。

では、私の大好きなチャートで読み解いていきます。『順列都市』で何が起こっているか、を説明することは、なぜ『順列都市』が究極なのか、を説明することに他なりません。はじめに、ほとんど究極である『ディアスポラ』についておさらいすべきでしょう。『ディアスポラ』と『順列都市』を比較することは、我々の理解を助けます。

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『ディアスポラ』において、主人公ヤチマは何百兆もの宇宙を旅しました。その距離はまさにほとんど究極と称して然りではありますが、しかしながら、これらの宇宙は正しく『ディアスポラ』世界の万物理論である“コズチ理論”の範疇に収まっています。つまり、たとえそれが如何に常識外れに壮大に見えたとしても、『ディアスポラ』はつまるところ物理世界の範囲内の物語です。

では『順列都市』について考えましょう。主人公であるポール=ダラムとマリア=デルカは、“TVC宇宙”と呼ばれるセル・オートマトンを《発進》させます。TVC宇宙は、丁度『ディアスポラ』の“ポリス”のように振る舞います。つまり、本作における人工知性であるところの、ポールやマリアの“コピー”が、そのコンピュータ基盤上で実行され、意識を持つことになります。チャートでは、このコピーたちをポール’、マリア’と表記しています。ここまでは『ディアスポラ』も『順列都市』も同じです。

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決定的に異なるのは、TVC宇宙が完全に物理学の範疇から逸脱しており、ただ数学のみに依拠している点です。これは、TVC宇宙があらゆる物理法則の制約から解放されていることを意味します。

「文字どおりの不死を? 宇宙より長生きすることを?」
 ダラムは無邪気なふりをしていたが、自分がマリアに与えたショックを楽しんでいるのは、みえみえだった。「それが、不死という言葉の意味だ。長い長い時間が経ってから死ぬことーそれは意味が違う。正解はー死なないこと、以上。」

『順列都市』 第19章より
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素晴らしい!

そして最も驚くべきことは、このプロットがまったく魔法でも何でもなく、数学とオートマトン理論によって証明済みである点です。それは、未解明の万物理論に依拠する我々の現実宇宙よりも強固である、とすら言うことができます。

しかも、さらにもっと驚くべき事件がTVC宇宙において起こります。ポールはTVC宇宙の中にもう1つのシミュレーション宇宙を持とうとしました。それもセル・オートマトンであり、“オートヴァース”と呼ばれます。彼の目論見について知るには、彼の以下の表明を参照した方がいいでしょう。

それでもなお、まったく異質な存在と直面するチャンスは必要です。その可能性を除外するわけにはいきません。さて、オートヴァース生命以上のエイリアンが存在するでしょうか?
『順列都市』第17章より

つまり、ポールは明確な設計意図によるがゆえにすべてが明白で閉じられたTVC宇宙にあって、ばかばかしくも彼ら自身を正気に保つために、この狂気に満ちたアイデアを必要としたのです。誰がこんなことを思いつくでしょう。私は『順列都市』を除いてこんなぶっ飛んだ話を見たことがありません。

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ランバート人……ポールの期待通りにオートヴァースに生まれた知的生命体……は、まったく予期しない方法でTVC宇宙を破壊します。ランバート人は見た目こそ昆虫ですが、数学の才に恵まれています。彼らは、長く彼ら自身の宇宙がどのように生まれたのかを探求し続けました。丁度、現実の我々がビッグバンを研究するかのように。実のところ、彼らの宇宙の種子は、ポールの期待に応えるべく主人公マリアがデザインしたものです。しかしランバート人は、ついに数学のみに依拠する別の解を見出します。つまり、それは彼ら自身の万物理論であり、彼らは最早TVC宇宙を必要としないのです。結果、TVC宇宙は崩壊を開始します。

これは、数学による神殺し、と呼ぶべきでしょう。なんと華麗な神殺しであることか。いくらかの人はそんな馬鹿な、と思うかも知れません。が、このランバート人の蛮行は、まさに正しく我々が近代以来やってきたことを同じです。要するに、科学的思考が不条理な神をその玉座から締め出すのです。

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別の言い方をすれば、『順列都市』は、ポールが神になる物語、であると同時に、その被造物が数学で以って神殺しをする物語、とも言えます。これが、私が『順列都市』をイーガンの究極である、とする理由です。ご賛同いただけますか?

ところで、『順列都市』に対しては次のような批判が寄せられています。TVC宇宙を《発進》させることなど不可能だ。あるいは、ポールの“塵理論”などというものは与太話である、云々。私の見解では、こういった理解は短慮に過ぎます。

私は、ポールが神になった、と言いました。無論、これは比喩に過ぎません。実のところ、『順列都市』は、TVC宇宙が《発進》に成功した物語、なのではなく、ポールがそれを信じた、というお話なのです。本作第二部、つまりTVC宇宙におけるストーリーは、死にゆくポールが夢想した幻、であっても構わないのです。なぜなら、ポールとマリアが2分間垣間見たシミュレーションを除けば、TVC宇宙は如何なる意味においても観測不可能だからです。かのシミュレーションは、TVC宇宙の《発進》に必要だったのではなく、ポールが“エデンの園配置”が適切であったことを確認するために必要だったのです。

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このプロットは以下の言明に似ています。天国を信じるのに、天国の実在は必要ない。ある意味、『順列都市』は宗教文学としての一面を有しています。そういう次第で、次回はこの話題に深く潜ってみたいと思います。題して「なぜ『順列都市』は宗教文学であり得るか」を、お楽しみに。

つづく>>



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