過ぎたるは何とやら

2015/5/29 | 投稿者: ghost

アゴンジュの例とは逆に、メンテナンスが十全に過ぎて、返って趣味的には面白くないことになっているパターンを紹介したい。いや、本来信仰の座であり町の集会場なんだから、ボクの趣味なんざ忖度してもらう必要はないんだけども。

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<サン=ピエール=エ=サン=ポール小修道院教会>

ここでいう“小修道院”というのはプリウレ(prieuré)の訳語であり、英語だとprioryなのであって、シャーロキアンな人であれば「ああ、プライオリ・スクールか」と思ってもらえるのではないか、と思うのだが、厳密にはちょっと違うが、一般には、有力な修道院の支院あるいは娘修道院のことをいう。そして、当地スヴィニーにおける“有力な修道院”とは、2010年秋の旅で紹介したクリュニー修道院のことになる。

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<限りなくゴシックな後ろ姿>

10世紀初頭に生まれたクリュニー会は、またたく間に全欧を席巻するも、ほんの百年ほどで続くシトー会その他諸々の影に隠れ目立たない存在になってしまうし、実際歴史上の言及数も減ってしまうのであるが、だからといって11世紀には消滅していた、というワケではなく、目立たないだけでむしろ厳然と存在していたのである。フランス革命に際しては、本家クリュニー修道院を含むクリュニー系小修道院が真っ先に略奪の的になったというから(幸い、当地ではそういう話を聞かない)それほどまでに庶民の怨嗟を買うほどの興隆を18世紀末まで誇っていた、ということなのだろう。


11世紀創建とされ当初はロマネスク教会堂であったはずの当教会もその例外ではなく、特に潤沢な資金を投じての増改築が繰り返されたようで、上写真に示したように、パッと見はゴシック大聖堂と言い切って違和感がないのである。いやいや、中に入ると凄いんでしょ……とか思いつつ門を潜るのであるが。

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<……あれれ?>

身廊と側廊を隔てて連なるアーチ構造などは確かにロマネスク教会のそれなのであるが、えらくヴィヴィッドな色に……。以前にも確かクレルモン=フェランのノートル=ダム=デュ=ポール聖堂で似たような憂き目にあった気がするのだが、当所も直近に大改修があって、こういうことになってしまったらしい。町の住人にとってはいと目出度きことだろう、と頭では理解しつつも、ちょっとショック。

しかも、である。

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<柱頭彫刻……あれれ?>

これも、理屈の上ではそれも然り、とは思うのであるが、柱頭彫刻がオリジナルから型を取って複製したと思しき石膏像(のようなもの)に置き換わっているではないか。おそらくオリジナルは、今以上の風化を避けるべくどこかに保管されているのかとは思うが、やはりショック、ではある。

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<高所にオリジナルっぽいものがないでもない>

いやぁ、これも遠いからそんな感じがするだけで、色味からするとアレゲかも。


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<スヴィニーの町並み>

スヴィニーはこの辺りではちょっとした町(それでも人口は二千人を切るので、他の集落が小さ過ぎるのだが)で、ある意味で、教会のみならず町全体が小修道院遺構と言ってもよい、中世の趣を漂わせる町である。落とすばかりでは申し訳ないので、無理繰りフォローしてみたりもするのだが、何事も過ぎたるは及ばざるがごとし、というか、まぁ、そんな感じ。ロマネスク美術自体が目的でないのなら、数日滞在してボーッと田舎暮らしを満喫するのも悪くないかな、とは思った、やらないけど(結局フォローになってない)。

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<教会横の広場にある謎の石像>

何でしょうね、コレ。教会を腐した不信心者が神の怒りにでも触れて石にされたのかいな、くわばらくわばら。



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