クリュニーIIIの面影を偲んで

2015/5/30 | 投稿者: ghost

フランス革命に際して破壊・略奪されたクリュニー修道院……特にヨーロッパ最大のロマネスク建築と言われた大聖堂をクリュニーIII(仏語なので“トワジエム”と読む)と呼ぶのであるが……の、往時のスタイルを今日に伝えるとされているのが、クリュニーIIIを模倣して建てられたという、パライユ=ル=モニアルのサクレ=クール聖堂である。

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<サクレ=クール聖堂>

もっとも、長径方向に200m弱あったとされるクリュニーIIIに比して、当教会の身廊は20m少しであり、また、本来は左右それぞれの袖廊の先に増築されるはずだった鐘楼は途上で計画放棄された。結果的にその姿が、現存するクリュニーIIIのコア部分にも似ている、というのは、歴史の偶然、というか皮肉を感じる話ではある。

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<後背側から>

教会の名前となっている“サクレ=クール”というのは、人によっては聞き慣れない言葉かも知れない。一般には“聖心”と和訳され、聖心女子学院なんかもこれに由来するのだが、ここでいう“心”はいわゆるマインドのことではなく、ぶっちゃけ直接的には「イエス様の心臓」のことになる。人様の信仰に口出しするつもりはないが、ちょっと悪趣味かも。


この聖心信心……イエスの心臓を思い描いてありがたがるそうだが、どうにも不信心なボクにはイメージが湧かない……は、歴史上は西暦の1000年前後に突如登場する、キリスト教の伝統全体からすれば比較的新しい観念らしい。特にフランスにおいて顕著で、かの聖ベルナールもその流行に一役買ったというから、個人的にはちょっと因縁すら感じてしまう(いや、違う)。

それはともかくとして、この不信心者からすればまことに奇怪にすら思える信仰は、決して中世に限定されたものではなく、近現代にも連綿と受け継がれている。

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<パリはモンマルトルの丘の、通称“モンマルトル寺院”>

上掲写真は2004年だか5年あたりに立ち寄った際に撮影したものだが、20世紀に建てられたこれも、正式名称はサクレ=クール聖堂である。つまり、今なお聖心信心は生き続けているのである、くわばらくわばら(ぉぃ)。

話をパライユ=ル=モニアルのサクレ=クール聖堂に戻す。当教会は聖心を名乗る教会の中でも特に古いもの(ひょっとすると最古かも知れない)で、創建は10世紀とも伝えられるが、クリュニーIIIの建築開始が1088年、完成が1130年であることが示しているように、10世紀に当地にこの教会の前身となる何か、があったのは確かにせよ、それが今日の聖堂と直接つながっているワケではないし、ゆえに、創建当初からサクレ=クールと名乗っていたかも疑問ではある。

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<教会内部>

残念ながら、内装はスヴィニーの小修道院教会の二の舞ということになろうか。いや、建築構造は紛うことなきロマネスクなのではあるが、やはりこの小奇麗さはロマネスクには似合わない(ボクの趣味的な勝手主張である)。外見がバリバリ(死語)にロマネスク感を放っているだけに、ちょっとこの落差は残念である。

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<内陣直上の壁画>

拙Weblogの愛読者(?)には既にお馴染みの、イエスを四大福音書記者(を表象するキャラクター)が取り囲む図案。どうせなら、真ん中のイエス様が胸から自身の脈打つ心臓を取り出して高々と掲げる絵、なんかで我々の度肝を抜いて欲しいところであるが、これでは名前倒れである。いや、平野耕太じゃあるまいし、もちろん聖心ってのは、そういうことじゃないんだけども。

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<獣系の図案が目立つ柱頭彫刻群>

ここまでにも数例見てきた、当教会のような白壁塗りされた“綺麗系”補修済みのロマネスク教会堂においては、どうしてもこれらの柱頭彫刻の存在が浮いてしまう、という欠点(いや、あくまでも趣味的審美眼において、の話)があるように思う。

フランスでは、しばしば柱頭彫刻部のみを教会から切り出した(あるいは型を取って複製した)ものを展示した展覧会に出食わすことがある。実は、かのクリュニーを訪れた際もそういうのがやっていて拝見したのであるが、何というか、確かに彫刻として楽しむ分にはそれでもいいのであるが、ちょっと物足りないのである。

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<古そうな彫刻に飾られた聖水台>

あくまでも趣味的な勝手な言い分であることは百も承知で、ロマネスク柱頭彫刻群は、限られた明かり窓の薄暗い堂内において、経年でエッジも欠けた石柱の遥か頭上に見上げる、そういう周囲の環境も含めてロマネスク彫刻である、というか、そうやって見ないと、往時の人々の心に迫れない……そうやって見たから迫れる、というものでもないが……ような気がしないでもないのだ。

ま、一円も払わずにこんだけのモンを楽しませてもらってるんだから、文句言ったら罰が当たって心臓抜かれちゃうかも。

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<旧市街の中央にあるサン=ニコラ塔>

パライユ=ル=モニアルの旧市街、いわゆる“シテ”のほぼ真ん中に小さな広場があって、そこに建っている通称“サン=ニコラ塔”。一階部分は絵画か何かのギャラリーになっているっぽかったのだが、どうも元は16世紀に建てられた教会らしい。

サクレ=クール聖堂とは歩いて10分もない距離なのだが、何ゆえこんなものが、しかも見るからに複雑特殊な構造のそれが別途建てられたのか。しかも、それが今日において、教会としてはもちろん、礼拝堂としてすら使われていないのは何故か。これも聖心信心のなせるワザなのかも知れないが、追々気が向いたら調べてみたい。



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