法華経転読(1-4)

2016/1/4 | 投稿者: ghost

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ここで、冒頭からここに至るまでの内容を要約した韻文、いわゆる“偈”が挿入される。

存外、やたらと歌って踊るインド映画の原点はここにあるのかも知れない、というのは冗談だが、ここで脱線して、漢訳経典では原典にならって漢詩(厳密には意味内容を優先して韻が無視されるので漢詩になっていないのだが)で表記される偈の意味合いについて少し考察を加えておくのも無駄ではあるまい。

参考までに、妙法蓮華経法師品第十の最初の偈(末尾にももう一つ偈が出てくる)を以下に引いてみよう。

爾時世尊。欲重宣此義。而説偈言。

若欲住仏道 成就自然智 常当勤供養 受持法華者
其有欲疾得 一切種智慧 当受持是経 并供養持者
若有能受持 妙法華経者 当知仏所使 愍念諸衆生
諸有能受持 妙法華経者 捨於清浄土 愍衆故生此
当知如是人 自在所欲生 能於此悪世 広説無上法
応以天華香 及天宝衣服 天上妙宝聚 供養説法者
吾滅後悪世 能持是経者 当合掌礼敬 如供養世尊
上饌衆甘美 及種種衣服 供養是仏子 冀得須臾聞
若能於後世 受持是経者 我遣在人中 行於如来事
若於一劫中 常懐不善心 作色而罵仏 獲無量重罪
其有読誦持 是法華経者 須臾加悪言 其罪復過彼
有人求仏道 而於一劫中 合掌在我前 以無数偈讃
由是讃仏故 得無量功徳 歎美持経者 其福復過彼
於八十億劫 以最妙色声 及与香味触 供養持経者
如是供養已 若得須臾聞 則応自欣慶 我今獲大利
薬王今告汝 我所説諸経 而於此経中 法華最第一


前置きなしにいきなりこれを見せられると読む気も起こらないかとは思うが、曲がりなりにもここまでの内容を大雑把に押さえてきた今では、読もうと思えば読み通せるのではないか、と思う。

書き出しの爾時世尊。欲重宣此義。而説偈言。は、お経として読む際は「にじせそん。よくじゅうせんしぎ。にせつげごん。」と読む。書き下せば「そのとき世尊、重ねてこの義を宣べんと欲して、偈を説いて言わく」となり、「そのときお釈迦様はもう一度大切なことを伝えるために、以下の詩を詠まれました」ほどの意味になる。ほとんどの偈は、この書き出しを伴う。

偈は釈迦の専売特許では決してないので、文脈上の釈迦の対話相手(本章であれば薬王菩薩)側が、偈で以って釈迦に賛意等を示す場合もあることを附則しておく。

しかし、どうして仏経典はこのような冗長な記述を敢えておこなうのだろうか。まぁ、これはちょっと考えてみればわかることだが、我々がこれを冗長と感じるのは、全世界史中、例外的に異様に識字率の高い社会に住む我々が、お経を「読み物」と誤解しているからである。現代日本でも葬儀がその様式を保っているが、元来、一般庶民にとってお経は「聞く物」なのだ。


マルチメディアの刺激に慣れ親しんでしまった今日の我々としてはなかなか実感が湧かないものの、少なくとも法華経を含む大乗経典が成立した当時のインド、漢訳経典を手にした時分の中国大陸、そして朝鮮半島を経てそれを紹介された当時の日本において、韻文の朗読は散文のそれに比べて、聞き手にとってはより強く印象に残るものであり、詠み手にとってはより暗唱しやすい、というメリットがあった。偈は、その名残なのである。

便宜上、ここまで偈を“本文の要約”と表現してきたが、本来は偈が先行して暗唱されていて、これを書き物(いわゆる経典)化する際に、その背景や詳細を論述する本文(これを“長行”と呼ぶ)が加えられた、というのがそもそもの始まりであるらしい。最も、一旦それが様式化した後は、経典に後付で何か別の考え方を忍び込ませるに際しても、偈を以っておこなうということが確信犯的におこなわれるようになるので、偈の方がより原初の伝承に近いと一概に言えるワケでもない。

そして、これを踏まえて考えると、前稿で示した「一詩句でも受持し書写するかの善男子あるいは善女人を尊敬すべきである」という自画自賛の主張も、また異なる意味合いを持つことになる。字面のみを追うと、この主張はさも法華経教団が「オレたちにタダ飯を食わせろ」と言っているように見えるし、事実そういう要素もあったとは思うが、同時にこれは、必ずしも識字率の高くない社会において仏典の内容を世代を超えて伝承していくには、その暗唱を専業とする一定の人々を養う必要があったことが反映されているのだ。

もちろん、仏典にそこまでして伝承していくほどの価値があるのか?という問いは別途存在する余地がある。が、ボク個人の価値観としては、すべての人が血眼になって少しでも良い食べ物、美しい衣服、快適な住まいを得ようと競う社会よりは、その一部の人々がそういった競争から離脱した上で、過去から伝えられてきた伝承の維持に専従する見返りに最低限の衣食住は保障してもらえる社会の方が、文化的には豊かであろう、と思う……のであるが。

前掲の偈に続く本章後半部を読むと、そうした法華経教団の理想とは異なる現実が見えてくるのである。続けて釈迦……念のために言うが、本物の歴史上の釈迦ではなく法華経教団を代弁するキャラクターに過ぎない……は、過去、現在、未来に渡り自分は多くの法を説くのであるが、と断った上で以下のように続ける。

それらすべての法門の中で、定めて、この法華経こそはすべての人々にとって受け入れがたいもの、すべての人々にとって信じがたいものである。(中略)この法門は、如来である私のいる現在においてすらも、多くの人々からそしられた。ましてや如来が入滅したのちの世においては、なおさらのことである。

天台法華教学においては妙法蓮華経のフレーズから猶多怨嫉、況滅度後(ゆたおんしつきょうめつどご/怨嫉猶多し況や滅度の後をや)としてよく知られる一節がここに登場する。言うまでもなく、これは歴史上の釈迦がそうであった、のではなく、法華経を書いた人々が必ずしも周囲の人々の理解を得ることが出来ず、むしろ(法華経教団主観から見て)怨念や嫉妬で以って応じられたことを言っているのであろう。

そして、ここで日蓮が『諫暁八幡抄』で引いた残り半分のフレーズが登場する。

如来が入滅したのち、この法門を信じ、読誦し、書写し、供養し、尊重し、他の人々に説き聞かせる善男子や善女人たちは、如来の衣によっておおわれているものと知るべきである。

上引用の結句、妙法蓮華経では如来則為以衣覆之と記されている部分が日蓮の引用部になる。やはり、日蓮の引用意図と原典の文脈上の意味は、微妙にニュアンスが異なっていることがわかる。日蓮は、法華経の意図を正しく解釈した者に対し如来が衣で覆うことで報いるのだ、という意味合いでこの一節を引いているが、原典が言いたいのは、これを書き広めている我々は如来の衣に覆われているのだ、との主張である。何とも皮肉なことではないか。

しかも、実は本章中、妙法蓮華経ベースで五百文字ほど後に、法華経を書いた人々がここでいう“衣”にどういう意味を込めていたのか、ちゃんと説明されているのだ。

その菩薩摩訶薩は、如来の室に入り、如来の衣をまとい、如来の座に坐して、この法門を四衆に説き明かすべきである。(中略)如来の衣とは何であるのか。すぐれた忍辱と柔和な心が、薬王よ、如来の衣なのである。かの善男子・善女人はそれを着るべきである。

この部分は、後に天台教学において“衣座室の三軌”と呼ばれ、布教者の心得と解されるようになるのであるが、おそらく元来の意味合いも天台大師が解釈してみせたそれ、そのものであったように思われる。ぶっちゃけ、ここで言われている“如来の衣”は、法華経教団のメンバーに対し、外部の者から悪口を言われても我慢しろ、と言っているだけなのである。ちなみに、如来の室は慈悲の心、座は一切を空と悟ること、なのだそうである。

日蓮の名誉のために申し添えておくと、『日興記(御義口伝)』法師品十六箇の大事の下りに、上記三軌に関する言及があるので、決して彼がこの部分を読み飛ばしていたワケではない。とは言え、同記は偽作説もあるから、後世の弟子が諫暁八幡抄の問題点に気付いて、師をフォローすべく創作した可能性も否定はできない。

と言うワケで、第1話のテーマに掲げたところの「八幡賜衣伝説と法華経法師品第十の関係は?」の答えは明らかになった。確かに元ネタではあるかも知れないが、語呂合わせ以上でも以下でもない……ミもフタもないが、これが事実であろう。一方で、最澄をして空海との布教競争に敗北せしめ、日蓮をその独特の排他的な境地へと追いやった、よく言えば潔癖主義、悪く言えば被害妄想の源泉が、その原典たる法華経に確かに刻み込まれていることもまた、確認できたワケである。まぁ、そんなの精読なんかせずともそうに決まってるじゃん、と言われればそれまでなのだが、この作業が楽しいんだから仕方がないのである。

閑話休題。

この前後で語られる、おそらくは当時の法華経教団を取り巻いた事情を反映していると思われる記述が面白いので、次回、もう少し本章を読み込んでみたい。

つづく>>



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