弥勒菩薩は何処へ?

2020/4/29 | 投稿者: ghost

これまたいつにも増してどうでもいい話なので、忙しい人は読まないように。

神戸の自宅から芦屋川へ鳥撮りにでかける際は散歩を兼ねていつも徒歩なのであるが、その途上にちょっと数寄心をくすぐられる場所をみつけた。

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これはその場所を芦屋市側から見たところなのだが、道が急に細くなって車両の通り抜けができなくなっている。もう一歩進むと、抜けた先は二車線道路になっていることがわかる。

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向かって右側は見ての通り藪なので、これを切り通して車の通行の便を図らない理由はないようにも思われるのだが、結論からいうと実はここは芦屋市と神戸市の境になっていて、二車線道路は神戸市に属している。


芦屋から神戸にかけては、北側から阪急電鉄、JR神戸線、阪神電鉄がお互いが見える距離を並走する過密地帯であることは諸兄ご存知のことと思うが、阪急電鉄よりも北側の山の手には、東西方向に貫く道路が存外少ない。

この二車線道路は昭和48年の神戸市の道路拡張事業によるもので、まさにその不便を補うべく整備されたものと思うが、以下はボクの想像であるが、芦屋市側の住民がこの道路を通り抜けて東へ向かう神戸市民を嫌って、この市境で以て延伸を阻んだもののようだ。かくして、上掲地図に見える通りこの道はここで不自然に南へ折れ曲がって阪急に突き当たり、結果抜け道としての用をなさなくなっている。おかげで散歩には快適なのではあるが。

さて。

先に道路整備が昭和48年の事業であった、と書いたが、なぜそんなことがわかるのか、というと、それを記録した碑があるからなのだが、その碑と周辺の遺物(?)が本日の本題である。


同じ箇所を神戸市東灘区側から見るとこうなっている。

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写真中央の細い坂道が、上掲写真を撮った芦屋市側になるのだが、その左側に何か妙なものが写っているのがおわかりいただけるだろう。

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この石像群の向かって左端に鎮座するのが前述したこの碑である。書いてあることを素直に信じると、昭和48年の道路工事に際しここから「阿弥陀如来尊像」その他が「出土」したのだそうである。上掲写真ではご芳名をモザイクしているが、齢九十歳の篤志が施主となって新たにいくつかの仏像を加え、これらを「芦神佛法霊地無縁佛」と呼ぶことにしたようである。

「芦」の字がここに加わっていることから、これが芦屋市側の意思によってなされたことは想像に難くない。個人的には、道路の芦屋市内へ向かっての延伸を希望する神戸市の意図を挫くべく「この霊地を取り壊して道を延ばせるものならやってみろ!」的なメッセージが込められているように感じてしまうのであるが、あくまでもボクの妄想である。

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多分これが出土したとされる阿弥陀如来尊像。面白いことに、当霊地造営に際して新造された仏像や先の石碑にすら湯呑に注いだ水が供えられているのに、この像に対してはそれがなかった。

それに気づいて気になっているのだが、先の碑文によると、新造された仏像は「地蔵菩薩尊」「不動明王尊」「密迹金剛力士」「弥勒菩薩尊」の4つであるはずである。

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弥勒菩薩は何処へ行ったんだ?



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