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投稿者:ghost
ミもフタもなくマジレスすると、予言と俗称されるものを含めあらゆるテキストは、その内容如何にかかわらず、読み手によっては良い影響も悪い影響も(何が良くて何が悪いかは別にして)与え得るので、そういう問いにはあまり意味がないのではないかと。>よい影響を受ける 予言や 文学は ないのかなぁ

たとえばマヤの予言とやらについては、これは因果関係がまったく逆で、マヤの予言が人の心をネガティブにしているのではなく、既にネガティブな心の人が、その状態を権威付ける(私が望んでネガティブなのではなく、ネガティブであって然りの状況であるから私はネガティブなのだ、と思いたい)ためにマヤの予言やその類を好むのだ、とボクなんかは思いますが。

それが憂うべきことか、というと、まぁ、近しい人がそうであればちょっと困るかな、とは思いますが、仮に若い人の多くが本当にそういう状態でいてくれるなら、体力も知力も下り坂に入っているなぁと感じるボクとしては、無理に頑張らなくても余裕で応戦できて楽に今の地位を維持できるのでありがたいことです。マヤの予言とやら、万歳。
投稿者:村石太レディ
ノストラダムスの予言 1999年説は はずれ
でしたね。詩ということは 文学だったのかなぁ?マヤの予言のようなものもあって、若い子達が すこし不安みたいな プログも見ました。この予言も もうすぐ 答えがでますね。悪い結果のでる予言が 人の心を ネガティブにしたり 自暴自棄にしたり 向上心をなくしたり〜。よい影響を受ける 予言や 文学は ないのかなぁ
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