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投稿者:ghost
望み得る最高の賛辞です、ありがとう。>その点に気を配った書き方でコメントなり記事を書かれているように思います
投稿者:45-50s
了解でありますw
一般論として、人の話を聞くときには事実と仮説と意見を切り分けて、後2者は鵜呑みにせず留保すべき、というのは存じております。のでその点は大丈夫です(何が?)。
ghostさんはその点に気を配った書き方でコメントなり記事を書かれているように思いますし。
投稿者:ghost
まぁ、話半分に聞いてくださいよ。前にも書いたような気がしますが、ボクは文献資料を真面目に調べるよりは、直接見聞きしたことから好き勝手に背景を妄想して、それをもっともらしく論じるのが好きな詭弁家ですので。
投稿者:45-50s
そうか、そうですよね。
そもそもフランス革命当時の教会は、半ば文化財になっている今とは比べ物にならないくらい実用のためにある存在だったんですよね。

なぜだか自分の頭の中ではそのことが完全に抜け落ちてて、先のコメントも単に、人間はいつ頃から自分の歴史を振り返って保存する事に熱を上げ始めるのかなー、みたいな素朴な疑問から書いただけでした。

慣性のお話は、現在の状況にもいろいろ示唆するところがありますね。
投稿者:ghost
以下は裏付けを取ってないボクの感想に過ぎないですけども。

フランスの歴史を概観すると、やはりフランス革命が人々の物の考え方の転換点になっていて、この話題に関連することに限って挙げると、

・カトリックの宗教的権威が失墜した。
・国内の政治闘争の手段としての武力が時代遅れになった。

というのがあるのかな、と。

前者は、それ以前からあった“教会からの石材流用(窃盗)”に対する心理的な歯止めを失わせ、後者は、城壁を維持し続ける経済的な意味を失わせているんじゃないか、と思ってます。

おそらく、サン=ネクタールのケースはこの両方、つまり、石材流用のニーズと村防衛のニーズのバランスが逆転したことが直接のトリガなのかな、と。

無論、これは普遍的に通用する話ではなくて、19世紀にフランスで歴史的遺産の保護熱が高まったのは事実で、そういう中にあっては、たとえばあくまでも原点復帰にこだわる原理主義的立ち位置は、それ自体には意味はなくても、それを主張し続けることに政治力学的なメリットを生じさせることもあったでしょう。

また、慣性の問題というか、クレルモン=フェランのゴシック大聖堂がそうであるように、フランス革命を跨いで建築続行された大伽藍の中には、今更やめられないから(あるいは、中止を訴える政治的メリットが見出せないから)というような理由だけで建築を完遂されたケースだってあると思うんですね。

まぁ、これらも、やはりフランス革命を境に、フランスで、宗教それ自体が目的となる行為が、人々に対して説得力を失ったということに尽きるのかな、とは思いますが。カトリック本体とは微妙に断絶しつつ過熱し続けたマリア信仰の高まりは別にして(クレルモンはこっちかも)。
投稿者:45-50s
> 19世紀に大改修がおこなわれるまでは、周囲を防御用の城壁のようなもので囲われていた

へえ。改修当時は、当時にして約700年前から存在していた歴史ある防壁を保全しようという考えはなかったのでしょうかね。
ちょっと調べた限りではフランス革命のダメージに対する修復が目的だったみたいですけど、もはや防壁は回復不可能だったんでしょうか。
まあghostさんにとっては結果オーライだったわけですけどww
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