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旅と鉄道と懐古趣味ウォッチ

 
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投稿者:暗之云
明治43年の品川神社忠魂碑(#19)、大正8年の湯前町忠魂碑(#23)なども砲弾型をしていますが、これについてはどうしても、昭和3年建之という点を意識してしまいますね。

#2で紹介した渋谷の金王八幡宮の例も、やはり時流を反映したと考えるほうが自然でしょうか。

ただ不思議なのは、これほどの金属、それも「お国のためなら喜んで」使われそうな性格の碑なのに戦中に金属供出で失われなかったことと、それに加えて、これほど露骨に軍国的なのに戦後の占領軍の指導によって撤去されなかったことです。何かしらの理由、守りとおしたドラマがあるのではと思います。
投稿者:クリハラ
ここまではっきりと砲弾形(しかも金属製)丸出しの碑は慰霊塔とは明らかに違う感情が湧いてきますね。
作られた時代時代で全然ちがう感覚、世論があるという事ですね。
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