今日は「レース」という言葉のお話.
わしのモットーは「他力本願」だが,「他人の褌で相撲を取る」のは決して得意ではない.gupの古文書を持ち出してきてあぁだこぉだと分析するのには情報と経験が絶対的に不足している(こらこら,知性も足りないなんて横槍を入れてるキミ,退場!!).だが,昔のことが曖昧になっているために今ここにわからないことがある....というときに,古の事象に思いをはせることは,やはり必要なことだ.
えーと,わしが他人のことを書くのだからなにやら不適切な言葉使いをしてしまうかもしれないので,ここで予防線を張っておくが,今回の記事で触れる話題は,わしが熱帯魚界において最大のリスペクトをもって語りうる御仁についてである.わしが幼少の砌に熱帯魚にハマった頃,田舎での情報源はきわめて限られており,ペット屋の店主様に聞くか,「生き物の飼い方」の単行本や図鑑を読むかしかなかった.だが,わしは生来が閉じこもる人間であってお店に行ってもいつも挨拶もしないで黙っていたので,店主様ルートからの情報入手は全く期待できなかった.また,当時も熱帯魚専門の月刊誌は1誌が出版されていたが田舎の本屋やペット屋では入手する術はなかった.というわけで,本や図鑑を読むのであったが,その頃に近所で見ることができた熱帯魚本はわりとたくさんあったものの,(「和泉流」の本を除いて)それはほとんど全て,たったひとりの先生によって書かれたものであった.著者ご自身が「ネオンテトラを国内で初めて繁殖させた偉業」で知られていることもあってか,これらの本はとくに「繁殖」に関する著述が巧みで,わしは中学校の図書室で借りた熱帯魚の図鑑の末尾に掲載されたいくつかの種類の繁殖法については全文をノートに書き写したりしていた.というわけで,この先生がどのような方なのか全く存じ上げないのだが,田舎の熱帯魚小僧にとってはまさに「ネ申」なのであった.
前置きが長くなった.ここまで引っ張るということは「お前はここでその先生の悪口を書こうとしているのだな?!」と感じた方もいらっしゃるだろうが,いやいや....えーと....そういうわけではないので....まぁご理解ご協力を宜しくお願いしたい....あくまでも念のため,ということで.....
昔々,わしは1971年9月1日初版発行の「熱帯魚:観賞と飼い方殖やし方」(牧野信司 著・株式会社保育社)という本を読んでいた.その9頁で著者は「キングコブラgup」について話題にしている.写真を3つ使った三段組の構成で,一番上は「キングコブラ(原種)」で不定形の短く黄色い尾びれがついている個体.1966年にアメリカ(USAのことでしょうね)から輸入されたものとしており,品質がイマイチであることが強調されている.二番目は「未完成だった原種を改良した」ということで,体の模様が若干細かく割れて三角尾びれになったもの.そして一番下がショートテールのレースコブラの群泳で,こいつはいわゆる中落ちモノではなく,枠つきで湯飲み茶碗というかU字状でまとまった尾びれになったキレのある魚達だ.わしの脳内の「ソードが伸びないショートテールがオッケー!!」基準に照らせば最高級クラスの「優れもの」である.そして解説:
『このgupをみると,キングコブラがレースgupを母体に改良されたことがよくわかる.筆者は1958年,このタイプの固定に成功し,当時レース・グッピーと命名した.現在のキングコブラは一種のリバイバルともいえる.』(以上,転載)
まぁ要するに,牧野先生がおっしゃるには「1950年代の日本熱帯魚界にいたウニョっとしたナルト模様の魚について,オレが1958年にこの系統を固定して『レース』という名前をつけた.その後8年も経ってから,外国から「キングコブラ」という原種が輸入されてきたがボロだったので,これもオレらが改良して立派な品種を発表した.まぁオレの『レース』の二番煎じだけどさぁ」ということか?と,当時のわしは解釈したのであった.なお,この書物には「ストリーマレースグッピー」と称する魚の写真が掲載されているが,これとその1950年代に(世界に先駆けて?)固定された系統との関係については触れられておらず,他に「レース・グッピー」の画像は掲載されていない.
1971年の時点で既に「昔話」として語られている故事である.一概に,第三者が「○○氏がこれを成した」と認定するのと,当人が「これはわしがやったんだよ」ということについて,どう解釈して理解するかについては難しい問題であろうが,とりあえずこの記載を肯定的に捉えると:
@1958年にレース模様の魚が固定され,これに「レース」なる語が充てられた.
A1966年にキングコブラが輸入されてきた.
Bコレを見て「レースからキングコブラができた」と思った.
ということが示唆される.たしかに「レース」と「キングコブラ」はよく似ている.だが,この資料において「レース」と「キングコブラ」との間に何らかの関係があることを肯定する根拠はなにもない.日本国内で「レース」から「キングコブラ」ができたわけではないし,レースからキングコブラが生まれてきたということが確認されているわけでもない.牧野先生がそう思っただけだ.
現在,わしの田舎で入手することが可能なgup系統にもナルト模様を持つものがあるが,これらとスネイクスキンを比較すると,その発現様式に大きな相違がみられ,この材料だけを見て「レース模様が体表にわぁ〜っと拡がったのがコ・ブ・ラ」とは信じ難い.
というわけで,レースの謎は深くて暗いらしい,え?いやわしが知らないだけかもしれないが....このへんについて原体験があり,重要な古文書を豊富にお持ちで,実際にレースものを扱った育種経験が豊富な方がおられるので,このナルト模様でウニョウニョした糸をときほぐしてわかりやすく示していただければ,幸いである.

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